願いの行方
――なんて美しさだ。これは本当に俺と同じ世界に住む存在なのか
死の間際、おとぎ話の中の存在だと思っていた七色の魔術師に出会えたコーリカは幸福に浸っていた――のではなく、あまりの美しさに、ただ視界には彼しか存在していなかった。
無理もない、彼らは、物語の中の存在と言われたほうが納得できるほどの美貌を持っているのだ。
その昔、王家の依頼を受けた七色の魔術師がその美貌で、国を傾けたという話もあるくらいに、彼らの美しさはこの世の理を逸脱しているのだ。
息をするのも忘れるほど、彼に見惚れていたコーリカは、はっと我に返ると、時計の音がチクチクなっていないのに気付いた。
訝しんで外を見ると、青葉が空中に静止しているのが見えた。
「願いを叶えてくれるのは嬉しいが、私は本当にあなたの客なのか? それにここはどこなんだ?」
コーリカは不安だった。自分が泡沫への酔いが醒めた時、急にここへ飛ばされ、理不尽なまでの美貌を持つ魔術師に『お客さん』とか『願いを叶えてあげる』とか、状況を掴めないまま言われたのである。無理もない。
「うん、ここにいるってことは君がお客さんだね。僕にはなんだって出来るし、どんな奇跡も起こしてあげれるよ」
そう言った魔術師の声に、心地よさ半分、疑念半分の感情を見せた。
その声は、どんなオルゴールも超える事ができないほど優しく、雪のように儚くも心に残る程に完成された声だった。耳が溶けるのが自分でもわかる。
しかし、英雄は、耳は溶けても心までは男には溶かされない。
常識的に考えてみて欲しい、なんだって出来る?どんな奇跡も起こせる?
初対面の人間にそう言われていないだろう。
それに、普通の人間はあまりにも無力なのだ。
あくまで、彼が『普通の人間』の話なら。
「じゃあ、奇跡、起こすね」
アルスは、杖を軽く床にトントンと突いた。
すると、淡く広がる星空に大きな虹が揺らめいた。
あまりの異質な状況に、コーリカは彼の言うことが本当だと確信した。
「わ、悪い。疑ってしまって」
「別に良いんだよ。それじゃあ君の願いを聞こうか」
アルスはニヤリと口角を上げながらそう言った。
「私の願いは、私の病気を治してもらうことだ。私がずっと寝込んでいたせいで、国民達に不安を与えてしまった。だから、どうにかしてこの病気を治してくれないだろうか?」
「うん、それが君の願いだね。僕は最初から君の病気を治そうって思っていたんだ。そうしないと、国のパレード台無しになっちゃって僕も楽しめないもんね」
「な…… もうそんな時期なのか…… もはや、合わせる顔など……」
コーリカの顔に懺悔の二文字が浮かぶ。
「そう自分を責めないで。君のせいじゃないから。きっとみんな、君の回復を心から喜んでくれるよ」
アルスは優しく微笑み、そう諭した。
何も知らない者が見たら、アルスの姿は、聖母か現人神に見えるだろう。
それほどまでに、神々しく、神がかっているのだ。
「ああ、そう言ってくれて助かる。それじゃあ、願いを――」
「了解、はいっ」
アルスは軽く返事をすると、何かを軽く囁いた。
その瞬間、辺り一帯眩すぎる七色の光に包まれ、羽衣の形をした蒸気がコーリカをそっと抱きしめた。
――信じられん。体が、軽い……
病魔は静かに虚空へと消えていった。
「願いは叶えたよ。どうだったかな?」
「あぁ、何も言うことが無いほど完璧だった。すまない、あなたのお陰で助かった。礼を言う」
コーリカはそう言うと、今まで王族にしか見せたことがない、完璧な礼を送った。
ある者にとっては、瞬きするほどの時間が、またある者にとっては月が再び満ちるほど長い時間が経ったと感じる頃、
「そろそろ私は元の世界に戻りたいのだが」
コーリカはそう言った。
「この世界はね、依頼人の願いがなくなるまで存在し続けるんだ。ねぇ、まだ願いあるんでしょ?」
アルスの声は、まさしく図星だった。
急にコーリカは挙動不審になったからだ。
「あっ、ああ。あるにはあるのだが……」
コーリカの蚊よりも細すぎる声にアルスは優しく囁く。
「良いよ。叶えてあげる」
「悪いのだが、とあるおと――」
気づくと虹と男は消え、美しい夜空が残った。
――あれは、現実だったのか?
その自問はすぐに消える。
体が軽かったからだ。
――七色の魔術師の魔術師か……
コーリカは少し微笑み、明日国民になんと謝罪するか少し悩みながら、忘れられない一夜を過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます