英雄よ
空が血を出し、青い海が橙に染まる頃、コーリカはベッドに横たわり、それを男の家族が囲んでいた。
――あなた、お願い…… 目を覚まして……
――親父…… 頼むよ…… 親父がいないと俺……
声こそ小さいが、感情全てが込められた声が、無駄に豪華な部屋に溶ける。
コーリカの意識はまだかすかにある。だが、不思議な力に取り憑かれているのか、目を覚まさない。
また一つ、涙は増えていく
一方その頃、レーヤに訪れたアルスたちは、大見得を切ったはいいものの、あまりにも異常すぎる状況に困惑していた。
「師匠、どう考えてもおかしいですよ。数日後にパレードが始まるっていうのに、街がネガティブになっているし、準備も全くされていませんよ」
「流石に、これはおかしいな。少し調べるか」
二人は、市場に行き、情報収集を初めた。
すると、街の英雄が現在病魔に侵されているということがわかった。
「だそうですよ師匠」
「あの英雄が病気ぃ? 噂に聞くところじゃ、病気とは無縁の大豪傑ときいていたのに」
あまりの衝撃に、締められた鳥の声が出てしまった。
「師匠、どうしますか?」
「そりゃもちろん、病気治してあげないと。せっかくのレーヤ観光が台無しになっちゃう」
リーユからの問いに、愚問だと言わんばかりの表情でそう答えた。
「そう言うと思いましたよ。それはそうと、どうやってコンタクト取るんですか?」
「そこが問題なんだよなぁ。空間をチョコっといじってなんとかするしかないかぁ」
さっき言ったことがめんどくさいことであることを示すように、アルスは億劫な表情をした。
「まぁ、旅の疲れを癒やすために、ちょっと宿に寄って休憩しようか」
そう言うと、二人は、宿を目指し歩みを進めた。
太陽が布団に入る頃、コーリカはある夢に溺れていた。
「おい、おい聞いてんのか?」
かつての同僚マルコがまだ英雄と呼ばれていなかった頃のコーリカに話しかける。
「マルコ、いきなりどうしたんだ」
「なぁ、七色の魔術師って知っているか」
「なんだよそれ」
コーリカは聞いたことのない言葉に少し興味を持って口角を少し上げて返した。
「やっぱ知らねぇかぁ。七色の魔術師っていうのは、何らかの願いを叶えてくれる人たちのことだよ」
「なんでそんなこと、今話すんだ?」
単純な疑問だった。
マルコはいつもおちゃらけていて、お調子者として軍では有名だ。そんな男の真意などサトリぐらいしかわからない。
「俺等ってさ、仕事柄いつ死んでもおかしくないだろ、そんな時大切な人にサヨナラも言えないなんてちょっと寂しくないか? だから俺はその人達に頼んだんだよ。大切な人にサヨナラを伝えれますようにって」
コーリカは面食らってしまった。
いつも真面目とは磁力でひきはなされているとしか思えないマルコがいつになく真剣な話をしてきたからである。
マルコはいつもどおりの口調だったが、ほんの少し声が揺れていた。
しかし、そんな変化に気づかぬまま、コーリカは問いかける。
「どうやったらその人達に頼めるんだ?」
コーリカはもし自分に万が一のことがあった時に備えて、その七色の魔術師とやらに自分の足跡を残したかったからマルコに聞いた。
「なんか、俺が強く祈った時に急に七色の魔術師を名乗る人が現れて、そん時に頼んだなぁ」
あてが外れたようだ。
「なんか抽象的過ぎないか? まあいいや、貴重で面白い話だったし」
コーリカは顔に笑みを浮かべながら基地に戻ろうとする。
「……なぁ、今夜一緒に飯おうぜ。久しぶりにお前と食いたくなったし、色々と話したいんだ」
マルコは少ししんみりしながらコーリカを誘った。
「お前が誘うなんて珍しいな。でも悪い、今日は剣の練習がしたいんだ。 また今度誘ってくれないか?」
しんみりしていたマルコに疑問すら持たず、コーリカはそう答えた。
コーリカは真面目だ。だからこそ日々の鍛錬を欠かさない。
「はは…… また今度な、誘える時が来たら誘ってやるさ……」
「すまない。 楽しみにしてるさ」
翌朝、マルコはベッドの上で新たな世界へと旅立った。
コーリカは昨日、マルコがあれだけ真面目な話をしていたこと。そして、珍しく飯に誘ったこと、全てが腑に落ちた。
――ああ、あいつ死ぬこと覚悟してたのか
コーリカの心は後悔という名の檻に囚われた。
――ごめん、気付けなくて……
――ごめん、なにもできなくて……
その日初めて訓練を休んだ。
夕方、教官が部屋にやってきた。
怒られる、と思ったコーリカは、少し身構えた。
しかし、内容はそうではなかった。
「お前大丈夫か? 辛かったら休めばいいんだ。そうでもないと、お前いつか壊れるぞ」
正反対の内容に思わず思考がフリーズしてしまった。
次の瞬間、目から一粒の雨が流れた。
「男は涙の数だけ強くなれるんだ。だから、立ち止まってもいいんだ」
教官はそう言い残して、部屋から出ていった。
夜になってもまだ泣いていた。
泣いても泣いても、涙も辛さも枯れない。
その現実が更に心を抉り出す。
すると突然、机に一冊の本が現れた。
いつもだったら不気味すぎてすぐに捨てるだろう。しかし今は違う。
コーリカは体を震わせ、目に大粒の涙を貯めながら本に近づいた。
その本にはかつての親友マルコの名前が書いてあった。
コーリカはそれを見た途端、そっとページをめくった。
――なぁコーリ、お前今泣いてるだろ。わかるんだよ、お前強いようで意外と弱いからな。俺のことは気にしないでくれ。俺のせいで、お前が弱くなったら面目ないしな。俺お前のこと尊敬してたんだ。いつも努力してて、俺にはできないことをあっさりやってのけてすげぇなって。だから、お前はいつか英雄になるって思ってたんだ。人生に悔いがないように俺、子供の時から生きてきたけど最近一つできたんだよ。俺、お前が英雄になって、最高の晴れ姿を見たかったなぁ。まぁ、ウジウジ言ってもなんも変わんねぇけどさ。最後にいつかまた会って、飯でも食いながら楽しく話そうぜ。
その本は不思議なものだった。読むと、マルコとの思い出が鮮明に目に映り、どこか懐かしくなった。
ずっと読んでいたいと思えたが、こうしちゃいられない。
――自分がマルコの望みを叶えるために天まで届く大英雄になってやる
野望を抱いた瞬間、泡沫の世界が弾けた。
いつぶりの目覚めだろうか、現実を上手く飲み込めず、辺りを見廻す。
――ここは…… 私の部屋か…… よかった、私は生きていたのか
そうふけっているとベランダから消えそうな声が一つ。
「はじめまして。僕は七色の魔術師、君の願いを叶えようじゃないか」
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