茨の道を探る先に
糸の切れたマリオネットになったカルムは、母親の手によって発見された。
指先すら動かないカルムを見て、視界が常闇に沈みかけたが、手首を触った時に生命の脈動の気配を確かに感じ取り、感情に静寂が訪れる。
それと同時に、もうおんぶしてと言わなくなった最愛の存在を、その時ばかりは女神をも超える優しさで包みながらおんぶをして、病院へ向かった。
その途中、自分の胸を吐露した。
――ごめんね、病院であんなに取り乱しちゃって、お父さんがカルムが赤ちゃんのときに病気で死んじゃってからは、私が頼りにならなくちゃいけないのに……
春だというのにやけに冷たい風が、ひゅうっと街を覆う。
――いつだっけ、カルムが高熱出した時、私本当に慌てていたよね。お願い、お願い、どうか私から離れないでって。でも、カルムは泣かなかったよね。ちょっとぐらい泣いたっていいのに。
空が次第に鉛となる。それと同時に母親の目も決壊寸前となる。
――カルムが歩いた日、私は今でも思い出せるよ。私のところに歩いて行こうとしてたよね。でも、すぐにこけちゃったよね。あのとき、私とっても嬉しかったんだよ。
もう一度木々を揺らす風が通る。
――カルムは私の作ったカレー大好きだったよね。いっつも胸をつまらせながらがっついて、おかわりして、その日だけは、誰よりも食べてたよね。病気になってから食が細くなっちゃったけど、また……、たくさん、作って……あげるね……
風が均衡を崩したのだろうか、雨が、ぽつりぽつりとふりはじめる。
そして、耳のしんとする音にすらかき消されそうな声を一つ
「お願い…… 生きて……」
その頃、カルムは、不思議な空間にいた。
初めは死んだのかと思ったが、何故か、自分はまだ生きているのだと確信できた。
ここには、時計や太陽のような、時間を示す便利なものはない。
そんな中、カルムは心が自分の後悔に乗っ取られていった。
――もっと、お母さんに甘えればよかったな……
どうして自分を、ホントの気持ちを騙し続けちゃったのかな……
後悔の鐘の音は鳴り始める。
――もっと大好きなお母さんのカレー、食べればよかったな……
もう、食べれないって思うと、嫌になっちゃうよ。
鐘の音は、次第に激しくなる。
口では平然としていても分かるのだ。
――お母さんに謝りたかったな……
誰よりも僕のことを心配してくれて、誰よりも僕のことを思ってくれていて……
なのに、あんな…… あんな、バカなこと言っちゃって。
鐘は、水の滴る音も含み、鳴り続ける。
――最後に、お母さんにありがとうって言いたかったな……
いつも、側にいてくれて…… いつも、支えてくれて……
本当に、愛してる…… 今まで、ありがとうって……
その瞬間、鐘が世界を震わす大轟音を鳴らした。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
もう鐘の音は聞こえない。
代わりに聞こえるのは、ちっぽけな少年のすすり泣く声一つ。
何度も何度も、後悔の道を辿る。
何千回いや、何万と辿ってきた道の果てに、漏れた声。
「お母さん…… 会いたいよ……」
気づくと少年は、無機質な部屋のベッドに、白い布団で覆われていた。
邪魔する者はいなく、ただお母さんと二人きりで。
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