第3話 イケメン痴女との再会!

 入学式が終わり、俺が教室に入ると、教卓に立っていた姉さんが、可愛い声で笑顔を振りまいていた。


「と、言うわけで、私がこの1年2組の担任、東雲真昼(しののめ・まひる)だよぉ♪ みんな、一年間よろしくねぇ♪」


 綺麗な黒のロングヘアーを揺らしながら、姉さんが呼びかけると、女子たちは大歓声を上げてくれた。


「すごい、本当に東雲さんだ!」

「史上最年少パイロットの!」

「あとでサインください!」

「むしろツーショット撮らせてください!」

「お姉さまと呼ばせてください!」


 ――おいおい。


 心の中で俺がツッコむ一方で、姉さんはニコニコ笑顔だった。


「いーよー♪ ふふ、妹がたくさんで嬉しいな♪」


 姉さんは背も高く美人でスタイル抜群なのに、表情と声が幼いので一緒にいるだけで毒気を抜かれてしまう、そんな稀有な美女だった。ちなみに、年は俺の三つ上で18歳になる。


「あれ? ねぇみんな、男子?」


 一人の女子が俺に気づくと、みんな、みるみる熱狂が冷めて、教室中の女子がどよめいた。


「あ、みんな紹介するね♪ それでこっちは、お姉ちゃんの可愛い弟ちゃんでぇ♪」


 声を弾ませながら、姉さんは言った。



「教師助手でコーチ役の、東雲朝俊(しののめ・あさとし)先生だよ♪」


『え? えぇえええええええええええええええ!?』


「はいどうも、東雲朝俊です。おない年だけどよろしくな」

 俺は軽く手を上げ、みんなの驚愕に応えた。



 実のところを言えばそうなのだ。

 俺はこの学園の生徒じゃない。姉さんの助手で、コーチだ。

 入学予定だった高校が理事長の汚職と経営不振で廃校。


 哀れ、俺は中学浪人性になった。

それを、高校も大学も飛び級入学卒業した姉さんが無理やりコーチ役としてねじ込んだのだ。



 俺の回想する間も、女子たちは高い声を上げ続けていた。

 女子学園なので当然だが、教室には女子生徒しかいなかった。


「すごい! 東雲さんの弟さんてことは、やっぱり朝俊くんも操縦上手いの!?」

「そりゃそうでしょ! だって東雲さんの弟だもん!」

「だよね、弟だもんね!」


 ――姉さんへの信頼がえぐいな……。


 我が姉ながら、その優秀さには呆れさせられた。


 ――まぁ、異世界帰りの姉さんはチートだからな。


「アサトシ君、あとで連絡先交換して!」

「あさとし君、放課後一緒に遊ぼう!」

「朝俊君! 東雲先生って普段何色のパンツはいているの!?」


 ――おい最後の。


「朝俊君と結婚したら東雲さんが義理の姉に! 朝俊君、結婚して!」


 ――警察呼ぶぞ?


 ただ、そうしてみんなが騒ぐ中、何故か敷島だけが不安げな顔をしていた。


 ――あいつどうしたんだ?


 女子たちがキャーキャーと俺に黄色い悲鳴を上げていると、不意にうしろのドアが開いた。


「皆の者鎮まれ! アレクシア・ヴァルトシュタイン様のおなりであるぞ!」


 その力強い女性の声に、みんなは黙った。


 体格の良いメイドさんが丸めたレッドカーペットを転がし、教室の床に場違いな赤絨毯を布くと、廊下から背の高い女子が姿を現した。


 金髪碧眼に白い肌という、わかりやすいタグに加えて、顔立ちは目鼻立ちのくっきりとした美貌。


 切れ長の凛とした目は長いまつ毛に縁どられ、桜色のくちびるは硬い意志を感じさせるように閉じられている。


 モデル、というよりも騎士のようにまっすぐ伸びた背筋と足取りは力強く、所作は美しいも、品格、というよりも、むしろ風格と呼べるものを備えていた。


 ただの教室なのに、ハリウッドスターのように堂々と歩く様はあまりにも絵になっていて、こちらが場違いなのではないかと錯覚させられるほどだ。


 あまりに凛々しい姿から、女子というよりも、まるで美麗の王子様といった風情だ。


「ドイツ公爵、ヴァルトシュタイン家二女、アレクシア・ヴァルトシュタインだ。学園長への挨拶の為、到着が遅れた事を謝罪する。皆、これからは共に学ぶ学友として、仲よくしてくれると嬉しい」


 そしてイケメン過ぎる甘い笑顔。

 一瞬、背景にバラの花が見えた。


 まさかの王子様登場に、女子たちは静寂を破り、はじけ飛ぶようにして悲鳴を上げた。


「すっごーい! カッコイイ!」

「ドイツ公爵家の令嬢が編入するってニュース本当だったんだ!?」

「しかもうちのクラス!? 東雲先生もいるし最高過ぎるんですけど!」

「マジ一年二組しか勝たん!」

「はぁはぁ、東雲お姉様と弟様と公爵様で、尊死、ぶはっ」


 ――あ、ひとり死んだ。あれ保健室連れて行ったほうがいいのかな?


 などと心配しつつ、俺はアレクシアの顔がどうにも気になった。


 ――あの顔、どこかで……?


 敷島の顔が「あっ」という感じで固まった。そして妙に慌てている。


 知っているのだろうかと思いながら俺がアレクシアを見つめていると、レッドカーペットごとメイドを帰らせた彼女の視線とかち合った。


 すると、アレクシアの表情がわずかに硬くなった。


「き、貴君は今朝の、女子寮だけではなく何故こんなところに?」


 わずかに赤く染まる頬でこちらを警戒するアレクシア。

 それで、俺は思い出した。


 ――あ、こいつ朝の……。


 同時に、とある女子がアレクシアに尋ねた。


「女子寮? アレクシアさん、朝俊君がどうしたの?」

「いや、実は彼が女子寮に侵入して――」


 生徒からの質問に、アレクシアが失言を始めた。


 あれは断じて侵入ではない。

 身の安全のため、俺は可及的速やかに声を張り上げた。


「朝の下着女!」


 俺の爆弾発言に、クラス中が注目した。

 敷島とアレクシアの顔だけが凍り付いた。


「弟ちゃん、それってどういうこと!?」


 姉さんが慌てた様子で迫ってきた。


「聞いてくれよ。俺が姉さんに言われて女子寮前で敷島と待ち合わせしていたら突然こいつが半裸で襲い掛かってきたんだよ!」


 女子たち目が冷めきり、アレクシアから身を引いた。


「悪意のある戯言だ! 私は女子の悲鳴を聞き、駆け付けたまでだ!」


 語気を荒らげるアレクシアに、俺は平坦な声を返した。


「そうだな、そして善良な市民である俺に剣で襲い掛かってきたな。凄く怖かったぞ」


「ふっ、何が善良な市民だ。誰だって男子生徒が一人で女子寮をうろついていたら怪しいと思って当然だろう?」


 上から目線に説教をするような口調のアレクシアに、俺は眉根を寄せた。


「あのなぁ、男子生徒って俺は――」

「あっくん!」


 敷島が勢いよく立ち上がり、俺の前に滑りこんできた。


「この話はここまでにしよ、ね? お互い勘違いが生んだ不幸な事故だったんだから。あとで二人きりで話し合おうよ」


 愛想笑いを浮かべながらこの場を収めようとする敷島に、俺は違和感が止まらなかった。


「どうしたんだよシキシマンらしくない。俺からタルモンカードを奪った五郎丸くんを顔面飛び膝蹴りでやっつけた時のわんぱくさはどこへ行ったんだ?」


「はうっ! だからあれは黒歴史だから言わないでよ! それに五郎丸くんて、五郎丸さん女の子だからね」


「…………………………………………………………………………………………え?」


 異世界も含めた俺史上最大の疑問符だった。

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