第34話
「えぇ、まだ俺のレベルじゃ、エルダー級は使えないので。けど、レアアイテムだけは売るほど持っているんですよね」
次の瞬間、カードから紅蓮の業火が溢れ出し、雄一さんを呑み込んだ。
熱波が庭園を駆け抜け、泥地は一瞬で干上がり漆黒の焦土と化して、劇的に熱されたビルの窓ガラスが熱膨張で爆ぜた。
俺の髪は熱風と爆炎の衝撃波で背後に暴れ回り、腕で顔をかばった。
エルダー級魔術の直撃。
上級ドラゴンでさえ無傷では済まない一撃だ。
さしものAランク冒険者と言えど……。
そう期待した瞬間、残酷な現実のようにして、金色の斬撃が黒煙を引き裂いてきた。
「なっ!?」
袈裟斬りの斬撃は俺の腕と腹にまとめて食らいつき、衝撃で俺はうしろに吹っ飛んだ。
爆轟の残響が鎮まる中、雄一さんのかすれた声が聞こえた。
「星3のマジックカード。そんなレアアイテムを隠し持っているとは恐れ入ったよ。でも、私の優勢勝ちかな?」
微笑を浮かべて、雄一さんは自身の剣を見下ろした。
「私のゴールデンストライクの威力は、上級ドラゴンの牙をしのぐ。でも安心してくれ、すぐに私のハイポーションを――」
雄一さんの言葉を遮るように、俺はエルダーサンダーのカードを投げつけた。
「ぐぁあああ■■■■ッ!」
絶叫を上げてから、雄一さんは仰向けに倒れ、血を吐いた。
今の雷撃で、内臓が破裂したのかもしれない。
「な、何故、だ」
俺が立ち上がり、雄一さんを見下ろした。
「すいませんがね、俺の着ているこのスーツ、その上級ドラゴンの牙も通らないエルダーワームの糸で縫製されているんですよ。防刃性能は、ディーナブレイドに配合されているアダマント以上です」
俺が雄一さんの愛剣を指さすと、彼は自嘲気味に笑った。
「はは、本当に、とんでもない男だね。そんな装備、Aランク冒険者でもそうそう持っていないよ。私の先輩と、あとはアメリカの一流冒険者が着ていたかな? 私の負けを認めよう。君のダンジョンは諦めるよ。君が好きにするといい。そしておめでとう」
雄一さんは立ち上がる力もないのか、上半身を起こすも腰を地面につけたまま、俺に握手を求めた。
「合格だ。ラビリエント社は、君を役員冒険者として迎え入れる。当然、冒険者ランクは私と同じA。そして君は、長谷山の【上司】になるんだ。地方にでも飛ばしてやれ」
最後の言葉は、ちょい悪オヤジ風のニヒルな口調だった。
そして俺は、予想だにしない出世話と逆転劇に笑顔を作った。
「それでも嫌です」
自宅ダンジョンで長谷山の誘いを断るときと同じ言葉を、俺は返してやった。
「え? 待ってくれ奥井君。誰もが憧れるラビリエント社の役員冒険者だよ? 一生安泰はもちろん、社会的信用と名声は十分以上だ。冒険者の最高到達点と言ってもいい!」
「いや普通に、自分を殺そうとしてきた組織に入りたいわけないでしょう? 俺はこれから警察に行ってラビリエントを殺人未遂で起訴させてもらいます。証拠は胸ポケットのスマホカメラが全部撮影してくれているので。じゃ」
そう言って、俺はクールに去った。
◆
翌日の月曜日。
世界有数の大企業であり、日本冒険者業界の三大企業の一角であるラビリエント社が傷害殺人未遂事件を起こして起訴された。
そのニュースはまたたくまに世界中に広がった。
ネットはこの一大スキャンダルを面白がり、喜んで火付けに回る人々が後を絶たない一方で、ラビリエントを擁護する声も根強かった。
ラビリエントがそんなことをするわけがない。
弱小冒険者が慰謝料目当てで当たり屋めいて突撃しただけ。
そんな書き込みも多い。
裁判の準備と弁護士の手配は全てコハクがしてくれたので俺は楽ちんだけど、精神的にはかなりげんなりとしている。
教室に俺が姿を見せると、みんながどっと押し寄せてきた。
「おい奥井! これどういうことだよ!?」
「ラビリエント社が言っている都内の中学生、奥井育雄15歳ってこれお前のことだよな!?」
「なんでお前、ラビリエント社訴えているんだよ!?」
怒涛の勢いで詰めかけてくるクラスメイトに、俺はうんざりしながら答えた。
「さぁな、同姓同名じゃないのか? 俺がラビリエントと裁判するわけないだろ?」
「でもネットでお前の写真出回っているぞ!?」
「特定班が間違った写真をネットに流すなんてよくあることだろ? 踊らされるなよ」
言って、俺は人混みをかきわけ自分の席に座ろうとした。
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