第33話

 正直、もうラビリエントは本気で救いようがないと思った。


 一方的に襲ってきて、クレームを付けに行ったら殺そうとしてきて、なのに何故かゲームのラスボスムーブをかましてきた。


 最初は穏便に済まそうとしてきた俺だけど、さっきの態度でそんな気は完全に消え失せた。


 こっちが持っている数々の証拠を警察に提出して、法的手段に訴えようと、俺はビルを出た。


 地下駐車場への入り口を通り過ぎて、左右に広がる庭園を抜けようとすると、背後で窓ガラスが割れる音がした。


 見上げると、月明かりの下でガラス片のきらめきの尾を引きながら、誰かが放物線を描いて降ってきた。


 そして、その人は石畳の中央に着地した。

 落下高度と着地音の静かさから、相手の実力が見て取れた。


「加橋さん?」


 それは、クラスメイトである加橋のお兄さんで、俺が出品した剣を競り落としてくれた、そして同時に、ラビリエントの役員冒険者である。


「久しぶりだね奥井君。私は加橋雄一、君に恨みはないけれど、これも会社の命令だ。ここで勝負してもらうよ」


 動きやすい軽装鎧に、俺から買い取ったアダマント金属配合の妖精剣、ディーナ・ブレイドを携えた雄一さんは、構えもせずに電光石火の早業で斬りかかってきた。


「ハイ・アース!」


 突進の勢いから、並々ならない推進力を感じた俺は、迷わず質量攻撃に出た。

 けれど雄一さんは大きく跳躍。

 石柱と剣を合わせることもなく回避した。


「ハイ・サンダー!」


 空中なら避けることはできないだろうと、俺は雷撃を放った。

 けれど、雄一さんは虚空を一閃。

 横薙ぎの一撃から白い三日月形の斬撃が放たれ、俺の雷撃をかき消した。


「うわっ!」


 俺は疾風魔術の反動で緊急回避。

 一瞬前まで俺のいた石畳に深い斬撃痕が刻まれていた。


 ――マズイな。音や光で止まるような相手じゃないし、水流や疾風程度じゃ威力不足だ。


「ハイ・フレア!」

「噴ッ!」


 Dランク冒険者を装備ごと一撃で焼き払った火炎を、だけど雄一さんは裂ぱくの気合を込めた素振り一発でかき消した。


 ハイ・フレアが庭園の草地を焼き払い、一瞬で周囲が焦土と化した。

 自画自賛にはなるけれど、その惨状から俺のハイ・フレアの威力が見て取れる。


 それが、雄一さんにはまるで通じない。


 これがAランク冒険者、これが大企業の役員冒険者を務める男の実力かと、感動に近い身震いをしてしまう。


「どうしたんだい奥井君。君の実力は、こんなものじゃないだろう?」


 雄一さんは敬意を払った態度で剣を構え、こちらを注視してきた。


 今までの冒険者とは明らかに違う、風格のようなものに、俺も全力で応えたくなった。


「いいですよ。その代わり、会社がどうなっても知りませんけど、ね!」


 そこからは、壮絶な破壊と破壊のぶつかり合いだった。


 俺は疾風魔術で、雄一さんはその脚力で、庭園を縦横無尽に駆け回り、互いの攻撃をぶつけ合った。


 俺が灼熱のハイ・フレアを連発し、庭園の草木を根こそぎ灰燼に帰す中、雄一さんは自身に振るいかかる火の粉を払い続けた。


 雄一さんが大地を穿ち大気を引き裂く光の斬撃を放てば、俺は堅牢なハイ・ブレイドの重ねがけで軌道を逸らしながら、どうにか回避した。


 雄一さんは苛烈かつ流麗な剣術で戦う剣士だ。


 その剣術を塞ごうと、俺は大地を鳴動させる地面魔術で庭園中の地面を抉り返し、庭園は地面がめくれあがった土壁だらけになるも、すべて雄一さんの斬撃で残骸にされてしまった。


 そこから水流のハイ・アクアで地形を泥水に変えてやるも、雄一さんの勢いは止まらなかった。


 そして俺は気づいた。


 ――距離が、詰まっている!?


 斬撃を飛ばせる雄一さんは、俺と遠距離戦を繰り広げてきたものの、徐々にその距離が狭まっていた。


 俺が気づかないよう、感覚を麻痺させるように、一歩ずつ距離を詰めていたに違いない。


 流石に近距離戦になれば、俺に勝ち目はない。

 俺は戦いを急ぐも、焦りが顔に出てしまったのか、雄一さんが不敵に笑った。


「若いね。焦りは隙を生むよ」

 俺がハイ・アクアを放つと、雄一さんはサイドステップで回避。


庭園の石像を足場にした三角とびで俺に迫ってきた。


「ハイ・アース!」


 石柱ではなく、岩の砲弾を無数に飛ばす形で発動。

 雄一さんはその場で剣を横薙ぎに振るい防御。

 進行は止まるも、距離は一気に10メートル以上も縮まってしまう。


「これで、終わりだ!」


 雄一さんは地面に両足を力強く突き立てると、上段に構えた剣に黄金の輝きをまとい、一気に振り下ろそうとした。


 感じる魔力の波動、強さから、俺なんて一撃で意識を奪われてしまうに違いない。

 だけど、俺は既に動いていた。


「エルダー・サンダー!」


 俺が放ったのは、初めて人前で使う、第三階梯の雷撃魔術だった。


 それでも、きっと雄一さんに放てば、黄金の輝きをまとった斬撃に薙ぎ払われたかもしれない。


 だけど俺は、雷撃を地面に落とした。

 庭園は俺が泥地に変えている。

 直前にあらためてハイ・アクアを使い水浸しにしている。

 エルダー・サンダーは一瞬で庭園中を支配し、雄一さんにも襲い掛かった。


「ぐっ、だが、この程度……」


 剣を上段に構えたまま耐え忍ぶ雄一さんに、俺は手をかざした。


「えぇ、この程度で倒せるとは思っていませんよ。でも、雷撃魔術は短時間ですが相手の動きを封じるので、次の攻撃を確実に当てられます」


 言いながら、俺はストレージからとあるレアアイテムを取り出した。

 星3マジックカード、エルダー・フレア。


 魔術を封印したカードで、発動すればだれでも一度だけ、刻印された魔術を使える。


 俺が投げつけたカードに雄一さんの表情が固まった。


「まさか、エルダーサンダーも……」

「えぇ、まだ俺のレベルじゃ、エルダー級は使えないので。けど、レアアイテムだけは売るほど持っているんですよね」


 次の瞬間、カードから紅蓮の業火が溢れ出し、雄一さんを呑み込んだ。

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