第32話


 その姿は、まるでスタングレネードを至近距離で食らった銀行強盗のようだった。


「ハイ・フリーズ!」


 明るくなったエントランスで、俺は冷却魔術を発動。

 床を転がる男達の全身が白い霜に覆われていく。

 誰も彼もが寒さに凍え、カチカチと歯を震わせて動けなくなっていく。


「くそっ、なめんじゃねぇぞ!」


 赤やオレンジなど、暖色系の装備をした男が二人、いち早くダメージから立ち直った。

 きっと炎属性の装備で冷気耐性があったのだろう。


「ハイ・ウィンド」


 俺は小声で囁くように呟いて、疾風魔術を放った。

 俺の手から圧縮された空気の塊が飛び出し、大きくカーブを描くように男へ襲い掛かった。


「ぶわぁっ!?」


 男は真横から迫る空気弾に気づかず、見えないハンマーで叩き飛ばされたようにぶっ飛んだ。


 男は壁に激突してから床に落ちて動かなくなる。


 コハク曰く、疾風魔術は威力こそ低いものの、風ゆえに目で見えにくく、当たりやすいらしい。


 強い光で視力の落ちている今なら、なおさらだろう。


「ふっ、どうやら攻撃魔術が得意らしいな。だがオレは魔術耐性特化装備! つまりはお前の天敵だ!」


 最後に残ったのは、独りだけ中世ヨーロッパ風のフルアーマーに身を包み、巨大なタワーシールドを構えた大男だった。


「さぁ、どんな魔術でも打ち込んでくるがいい! オレ様の鉄壁の守りが防ぎきってくれる!」

「ハイ・サウンド!」


 音撃魔術が炸裂した。

 タワーシールドが倒れて、ガララン、と床で金属音を鳴らした。

 その陰に隠れていた大男は耳から血を流して白目を剥いて倒れた。


「盾の陰に隠れていても、音は聞こえるよな」


 コハク曰く、音撃魔術は一定以上の強者には効きにくいも、防御不能の絶対攻撃らしい。


「さて、これで全員かな」


 手荒い歓迎を受け終わった俺は、上を目指そうと階段へ向かった。

 だが、そこからまた、新しい男たちが先に降りてきた。


「Eランク冒険者を一分もせずに鎮圧。どうやらただの中学生ではないらしいな」


 床に転がる男達よりも、明らかにいい装備に身を包んだ男たちが10人、ぞろぞろと俺を取り囲んできた。


「そういうおじさんたちはDランク冒険者か?」

「目上には敬語を使えよ中学生。お兄さんたちがしつけをしてやろう。ふんっ!」


 男が手の平から炎の渦を放ってきた。

 フレイムボアを思い出しながら、すかさず俺は岩石魔術を放った。


「ハイ・アース!」


 石柱を放ってやると、石柱は焼け石になりながらも火炎流の中を貫通。

 男の顔面を打ち据えた。

 コハクのアドバイス通りだ。


「オレに岩石魔術は効かないぞ!」


 続けて、頑丈そうな鎧に身を包んだ男がハンマーを手に突進してきたので、俺は叫んだ。


「ハイ・フレア!」

「ぎゃぁあああああああああああああああああ!」


 炎に鎧の強度は関係ない。

 大切なのは耐熱性能。


 そして、鎧が平気でも高温の炎を吸い込めば肺が焼けただれる。

 ハイ・フレアの一撃で、三人の男が炎に巻かれ、床を転がりながら苦しんだ。


「嘘だろ、こいつ一人でいくつの属性を使えるんだ!? まさか全属性を!?」

「そんなわけないだろが! びびるな行くぞ!」


 上半身裸でファイティングポーズを取る男が、ボクサーのフットワークで迫ってきた。


 この男なら、きっと全身を燃やされながらでも気にせず戦うような気迫を感じた。

 なので。


「ハイ・サンダー!」

「■■ッッ!?」


 雷撃が鍛え上げた鋼の肉体を駆け巡り、2人の男が心臓麻痺を起こしたように倒れ込んだ。


 元からレベル差がある上にこうかはばつぐんだった。

 肉体表面の強度を無視して内臓を攻撃できる雷撃は、やはり便利だ。


 ――その分、全身に威力が分散しがちだけどな。


「くそ、全員で同時にかかれ!」

「殺せぇ!」


 残る4人が俺を取り囲み、四方向から襲い掛かってきた。


「いや、もう終わりだよ。ハイ・ブレイド!」


 四本の大剣が召喚され、四方向へカッ飛んだ。

 金属魔術は四人の武器に当たり、質量で押し勝ち、胸部に突き刺さった。


 魔術の大剣はすぐに解けて魔力へと雲散霧消。

 傷口を塞ぐものがなくなり、血が噴き出した。


「ハイポーションだ。これで傷口を塞いどけ」


 連中は俺を殺しにかかったけれど、俺は連中を殺す気なんてない。

 むしろ、死なれたら困ると思っているぐらいだ。


「ほぉ、影山がやられたのは、案外まぐれじゃないらしいな」


 声に振り返ると、廊下の奥から三人の男たちが姿を現した。

 装備がいい。

 きっとベテランの冒険者たちに違いない。


「悪いけど俺に戦うつもりはない。ただ話をしに来ただけだ」

「そうか、じゃあ」


 不意に、右の男が両手で構えていたショットガンの引き金を引いてきた。

 三弾は空中で炸裂し、無数の鉄粒が俺の視界を埋め尽くした。

 同時に、左の男が駆け出した。


 速い。

 黒い男のような静かな速さではなく、弾丸のような、荒々しい疾走だった。


 軌道を読まれないよう、男は壁や天井を蹴り、鋭くエントランスを跳ねまわり、俺を翻弄した。


 正面からは散弾の弾幕。

 そして死角を狙うスピードスター。


 見事な連携だと思いながら、俺はコハクの教えを忠実に守り、動いていた。


「ハイ・グラビドン! ハイ・アイス!」


 質量の小さな鉄粒は、力のベクトル主導権をあっさりと奪われ真下に落下。

 スピードスターにはスプリンクラーのように拡散させた絶対零度の水しぶきを浴びせた。


 天井に激突した男は床に落下。

 その体はところどころが凍っているも、床で水しぶきを浴び続け、全身が凍り付いた。


「おいおい、中学生がCランク冒険者をこんなに簡単に倒していいとおもっているのか? まして、ハイクラスマジックをいくつ覚えているんだ? その強さ、犯罪だぜ?」


「犯罪的に可愛いコーチがいるんでね」

「そりゃうらやましいな」


 と、真ん中の男は視線を逸らして油断を誘うと同時に加速した。

 槍を前に突き出し、全身に青白い冷気をまといながら、砲弾のように突進してくる。


 直感した。

 これはハイ・アースやハイ・ブレイドを貫通する威力を持っている。


 ハイ・フレアやハイ・ウィンドは冷気の気流で無効化されてしまう。

 ハイ・レイやハイ・ダークで視界を奪っても、この突進は止まらないだろう。

 ハイ・サウンドで聴覚を攻撃しても同じだ。


 だから俺は、最近覚えたとある魔術を使った。


「ハイ・アシッド! ハイ・フレア」


 無色透明な液体が激流となり、槍の穂先と激突した。


 液体は青白い冷気の気流で凍結しかけるも、俺が続けた放ったハイ・フレアで加熱し、むしろ沸騰しかけた。


 それでも、男の突進は膨大な水圧に押し勝ち、穂先は激流をかきわけ、突き進み続けた。


 それからハイ・ブレイドで放つとギリギリ発動が間に合った。

 果たして、魔術の大剣は男の穂先を受け止め、その身にヒビを入れながらも俺を守り切ってくれた。


「ぎゃぁあああああああああああああ!」


 男は槍から手を離して床を転がった。


「ハイ・アシッド。第二階梯熔解液魔術だ。これなら強度に関係なく触れた相手を腐食させる。追加ダメージを狙えるのは火炎魔術と同じだけど、こっちは確実に刃物をダメにすることができる」


 男の視線の先で、槍の穂先は白い煙をあげて腐食劣化。

 もとは質の良い槍だったろうに、ちょっとかわいそうになる。

 すると、頭上からアナウンスが鳴り響いた。


「よくやったね奥井君」


 それは、あの長谷山の声だった。


「いま、君が倒したのはいずれもEランク、Dランク、Cランクの中でも優秀な我が社の社員冒険者だ。君には資格がある。そのエレベーターで最上階へ来るといい。話をしようじゃないか」


 ブゥン、という音に視線を向けると、無人のエレベーターが開いた。

 そこで俺は踵を返して力強い一歩を踏み出し……。



 帰った。

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