第31話
分身が消えると、男は訝しむようにゆっくりとした足音で土壁の残骸に近づいた。
男が瓦礫を踏む音がした直後、俺は魔術で男の背後の地面から土壁を出した。
「ッ」
男が振り返り、土壁と対峙する。
同時に、俺は自身の足元の地面を押し上げ、穴の中から土砂を貫き飛び出した。
男が俺に瞠目するももう遅い。
「ハイ・アクア!」
右手で男に水の激流を叩き込んだ。
男は水圧に呑み込まれ、足は空をかいて無抵抗に押し流される。
が、俺の攻撃はこれで終わらない。
「ハイ・サンダー!」
左手に準備していた雷撃魔術を放つ。
全身ずぶぬれだった男は感電。
背筋を逸らして目を剥いた。
その時、既に俺の右手は三つ目の魔術の準備を終えている。
「ハイ・フリージング!」
絶対零度の冷凍波が、濡れた男の体を芯まで冷やした。
体表を氷に覆われた姿は氷の彫刻そのもの。
その氷を貫くように、俺は左手で金属魔術を発動させた。
「ハイ・ブレイド」
金属の刃が空中に形成され、弾丸のように放たれた。
剣身は氷を貫き、その先端を男の血で濡らしながら氷像に突き立った。
俺はとどめの一撃とばかりに、両手にあらためて雷撃魔術を生成した。
「ハイ・サンダー!」
二発の雷撃が鋼の刃へ吸い込まれていく。
見た目にはわからないが、いま、氷の中では行き場を失った雷撃が渦巻き、暴れ回っていることだろう。
やがて、内側からの圧力に耐えきれなくなったのか、氷像にヒビが入り、細かい破片が剥がれ落ちて、ついに砕け散った。
「■■■■■■■■■■■■■■!」
五十音では表現できない悲鳴を上げて男は痙攣。
雷撃がやむと、全身から黒煙を上げながら白目を剥いたまま道路に倒れた。
どうやら、倒せたらしい。
「あぁっ、危なかったぁ!」
どっと気が抜けて、俺はその場にへたり込んだ。
なんとか俺は無事に済んだものの、本当に危なかった。
三方向からの攻撃に、俺はまず大きく後ろに下がった。
これで横と頭上からの攻撃は避けられる。
続けて、正面からの斬撃は地面魔術で対処するも、貫通されるのは分かっていた。
だから俺は、地面を生成するのではなく、足元の地面を抉り起こす形で壁を作った。
抉れた地面に身を隠せば、斬撃は真上を素通りしてやり過ごせる。
俺の隠れた穴には壁の残骸が流れ込んで埋まるので、男の位置からは穴の存在はわからない。
あとは男が残骸に近づいてきたタイミングで、男の背後に土壁を出して注意を引いてから、俺が穴から飛び出して攻撃すればいい。
コハクから教わったコンボ攻撃が決まって助かった。
「さてと、こいつは誰だ?」
俺はスマホで男の顔を撮影、AIレンズで画像検索をかけた。
すると、案の定、ラビリエントの社員だった。
ラビリエントの動画や画像に、黒い男が映り込んでいる。
40レベルに達するBランクのエリート社員で、業界では実力派のアサシンとして有名らしい。
「何が今度あらためてお詫びに来るだ。暴力で脅そうなんてとんだお詫びもあったもんだな」
これが会社レベルなのか、あの長谷山という男個人の独断なのか、それはわからない。
けれど、社員の不始末はきっちり取ってもらわないと気が済まない。
それに、コハクとの生活にだって支障をきたす。
俺はスマホで、ラビリエント本社の場所を検索した。
◆
一度家に戻り、俺はダンジョンの装備である3ピーススーツに着替えた。
それからタクシーでまっすぐラビリエント本社を訪れると、その規模に驚かされた。
都心の一等地でありながら広大な敷地は塀に囲まれ、広い庭園を抜けた先に巨大構造物のようにして超高層ビルがそびえていた。
無駄な広さにしか思えないも、この贅沢さが国力ならぬ社力アピールとなり、商談に役立っているのかもしれない。
正門をくぐると、左右には噴水や女神像、草地や花壇が広がり、まるで大富豪の邸宅だった。
本社ビルへ伸びる石畳を踏みながら進み、地下駐車場の入り口を素通りして、ビルの入り口に入った。
深夜なのに、ビルには明かりが灯っている。
こんな時間まで働いているのかと思ったけれど、様子がおかしい。
自動ドアをくぐると、エントランスホールには誰もいなかった。
カウンターには受付嬢の姿もない。
自宅ダンジョンのやわらかい赤絨毯とは違う、堅くて無機質なリノリウムの床を見下ろしてから、周囲を観察。
エレベーターと、上がる階段が見える。
すると、天井から何かが落ちてくる気配がした。
振り返ると、五人の男が出口の前に佇み、退路を断っていた。
さらに上がり階段から次々と冒険者風の若い男たちが降りてくる。
革製の鎧を着て、手には剣や槍、斧、弓、杖を握っている。
数はざっと30人。
全員、うちに侵入してきた連中と違い、装備はある程度整っているようだった。
――Eランク冒険者ってところかな?
「上からの命令だ、悪く思うなよ」
その言葉を引き金に、男達が一斉に襲い掛かってきた。
「ハイ・ダーク!」
俺は闇魔術を発動。
エントランスが突然、漆黒に包まれた。
視界を奪われた男たちが動揺して、立ち止まる音が聞こえる。
同士討ちのリスクがある分、暗闇では、多対一の一が有利に働くことがある。
「ハイ・アクア!」
俺は水の激流を放ちながら回転。
全方位に水撃を叩きこんでやった。
コハク曰く、水魔術は衝撃力はあるもの殺傷力は低いため、殺さず無力化したいときに有効だ。
仮にも相手は人間。
俺も、殺人犯にはなりたくない。
「くそっ、奥井はどこだ!?」
「よく探せ!」
「明かりはないのか!?」
「ほいどうぞ、ハイ・フラッシュ!」
漆黒から一転、世界が真っ白に輝いた。
『ぎゃあああああああああああああああああ!』
暗闇の中で目を凝らして瞳孔が全開になっていたであろう冒険者たちは全員、武器を捨てて両手で目を覆い、床を転がり回った。
その姿は、まるでスタングレネードを至近距離で食らった銀行強盗のようだった。
「ハイ・フリーズ!」
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