第30話
翌週の日曜日の夜。
オークションから帰る列車の中で、俺は新しく作るアクセサリーについて悩んでいた。
オークションや換金用じゃない。
コハクにあげるアクセサリーだ。
――コハクの身を守るために物理防御と魔法防御アップ。それから傷の自然治癒効果もくわえたいな。
駅に降りてもスペックがまとまらず、困ってしまう。
――う~ん、デザインがなぁ、いくら効果がよくてもあまりごついのはちょっと、コハクに似合わないよなぁ……。
駅を降りて俺が懊悩としていると、暗い帰路に違和感を覚えた。
月が出て街灯が道を照らす住宅街。
時間的にも通行人がいないのは当然だ。
けれど、いくらなんでも静かすぎる。
周囲を見渡せば家々の窓には明かりが点いているのに、生活音がまるでしない。
虫の足音すらも聞こえそうな静寂はいつからだろうか?
言い知れない悪寒に俺が背筋を凍り付かせると、体が脊髄反射で前に跳んだ。
ヒュン
という空気を切り裂く擦過音に振り返ると、黒スーツ姿の男が立っていた。
黒い。
スーツとスラックスだけではない、靴も、シャツも、ネクタイも黒い。
のみならず、手首から先には黒い革の手袋をはめ、両手握るダガーはグリップ部分から刃先に至るまで、漆黒に塗りつぶされていた。
唯一、黒に染まっていないぶっちょうづらでさえ、黒色に思えてしまう。
身に着ける全てが黒い、威容ないでたちに、俺の警戒心は一瞬で頂点を超えた。
「……何の用、ですか?」
男は答えなかった。
走って逃げるのは悪手だろう。
きっとこの男は家までついてくるに違いない。
人通りの多い場所まで逃げれば、一時的に諦めてくれるだろう。
けど、家に帰ればまた襲ってくるのは明白だった。
証拠はないも、そう確信させるだけのドス黒い迫力が男にはあった。
「 」
無言のまま、男が動いた。
速い。
そして静かだ。
オオカミやライオンのように勇ましく獲物を追いかけるのとは違う。
まるでフクロウやヒョウのような、見えないハンターを思わせる動きだった。
「ッ」
俺は目の前に、水流の壁を張った。
案の定、男が突き出したダガーは真下からの水流に軌道をズラされ、俺には届かなかった。
――よし、次は……?
男が来ない。
水流の壁を突破して襲い掛かって来ることを想定していた俺は肩透かしを食らって、次の魔術を使うのをためらった。
水流の壁が消えると、男の姿は無かった。
予想だにしない俺の反撃に諦めたのか?
それとも……。
――ッ!?
俺は素早くかがみながら、股下から背後に向かって地面魔術を使った。
俺の頭頂部を刃物がかすめ、髪の毛を数本斬られたのがわかる。
だけど、振り向けば黒い男は土砂の抵抗で背後に押し流され、スーツは土色に汚れていた。
黒ずくめが見る影もない。
――コハクに言われて、危機察知スキルを手に入れてよかった。
男の初撃をかわせたのも、このスキルのおかげだ。
いまの俺は、無意識からの攻撃も鋭敏に感じ取ることができる。
どこからでも来いと、俺は身構え対峙した。
すると、俺に奇襲は効かないと察したのだろう。
男は突然戦士のように突撃体勢を取った。
「疾ッ!」
呼吸が漏れるような掛け声。
初めて男の声を聞いた。
さっきまでの洗練された暗殺者めいた動きではない、剣士のように大ぶりな動作で、左右のダガーを交差させた十字の切りを虚空に見舞った。
すると、漆黒の斬撃がクロスして、十文字を描きながら迫ってきた。
「こういう時は! ハイ・アース」
俺は前面に巨大な石柱を放った。
堅牢な岩の柱に、斬撃系の攻撃は止まるはずだ。
けれど、俺の予想に反して漆黒の三日月は石柱を掘削。
削岩機のように容赦なく絶ち割ってくる。
「ウィンド」
俺は真下に疾風魔術を放ち、反動で上に跳び避けた。
すると、眼下では男が両手を合わせ、忍者のように印を結んだ。
次の瞬間、男が三人に増えた。
まるで背後に隠れていた三つ子の兄弟たちが姿を現すように。
俺がコンクリートに着地すると、二人の男――仮に男B、男Cとしよう――が左右に分かれ、住宅街の塀の上に登った。
そして両手のダガーを振り上げた。
男のやろうとしていることを想像して、俺は奥歯を噛んだ。
男Aと男Bが、同時にダガーをクロスさせた。
前と横から迫る、十字砲火。
三人目の男Cは高く飛び上がり、俺の頭上から斬撃を放ってきた。
前後左右上下、どの方向に避けても逃げられない、アスタリスクアタックに、俺は心臓が縮こまるような恐怖を覚えた。
間違いなく、この男は一流の冒険者だろう。
それこそ、ダンジョン系企業の広告塔になれるような。
俺みたいな、デビュー一か月のルーキーが勝てるような相手じゃない。
「ッ!」
俺はコハクのことを想いながら、無我夢中で背後に跳びながら地面魔術を使った。
コンクリートと土の壁を形成するも、斬撃は容赦なく貫通。
俺の抵抗をあざ笑うように、そのまま道路を駆け抜けていった。
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