第27話
「この度は我が社の新井坂が大変失礼を致しました。重ねてお詫び致します」
長谷山さんは折り目正しく、あらためて頭を下げ直した。
「これもわたくしの教育の至らなさがまねいたことでございます。あの新井坂という部下は、大変仕事熱心で気の回る男なのですが、時々、気を回し過ぎて空回りするきらいがございまして。今回も、一部の心無いものの噂から、あくまでも奥井様の潔白を晴らそうと、奥井様のためにしたことなのです。とはいえ、それで奥井様の機嫌を損ねるような結果になってしまえば本末転倒。新井坂にはわたくしより、重々言い聞かせますので、何とぞご容赦を」
部下の非を認めつつ、俺のためにを強調する謝り方。
たぶん、社会人としては正解なんだろうけど、なんだかデザインされ過ぎていると言うか、用意していた台詞を読み上げているような喋り方に違和感しか覚えなかった。
「頭を上げてください。今回のことを別にネットに投稿したりしませんから」
「そう言っていただけると大変ありがたく思います」
わざとらしく安堵の溜息を漏らしてから、長谷山さんは、しかしながら、と言葉を結んだ。
「新井坂の申したことも事実でして、奥井様は自分が思っている以上に周囲から注目されていることを自覚してください。大変恥ずかしい話ですが、人の口に戸は立てられないもの。社員の間では奥井さんて何者なんだろうと噂になっていますし、周囲の冒険者の方々も」
やや声をひそめる。
「たとえば隣のカウンターの方やたまたまうしろを通りすがった方なんかは、たまたま奥井さんがレア素材を持ち込んでいることを小耳に挟む人もいるでしょう。そうした人たちが奥井さんを尾行して素材のでどころを探っているみたいなんですよ」
――嘘つけ。
うちに二度も忍び込ませておきながら何をいまさら、と俺は想った。
「それで持ち上がった噂話をまとめますとですね……奥井様の庭のプレハブ小屋、あれ、ダンジョンですよね?」
予想はしていたものの、痛いところを突かれて、俺は返事に困った。
「ある日突然、プレハブ小屋が現れた。奥井様がダンジョンに入るところを誰も見たことが無い。プレハブ小屋に長時間入り浸っている。中を覗いたら広い空間が広がっていた。そんな話がちらほらと」
「うちのプレハブ小屋がダンジョン? そんなわけないでしょう? ダンジョンはみんな、巨大な塔やお城みたいな外観なんですよ?」
「普通はね。だからこその隠し部屋ならぬ、隠しダンジョン。なら納得です。弱いモンスターでもレアアイテムや素材をドロップする、あるいは宝箱に入っている、そんなところでしょうか? そこでここから先は商談です。あの土地を弊社に売ってくれませんか?」
口元に笑みを作りながら、長谷山さんは一歩距離を詰めてきた。
「5000億円でいかがでしょうか? それとも7000億円? いい値で買いますよ?」
「断ります」
7000億円。
アークポーション70本分の金額は、いつもの俺なら動揺していたと思う。
だけど、ダンジョンを売れとあってははした金にもならない。
「足りませんか? お望みならわたくしが本社に掛け合いもっと出せますよ?」
「売りません」
コハクのことを想いながら、俺は語気を強めた。
「あそこは、俺の大切な場所なんです。たとえ国家予算を積まれても、俺はあの土地を売りませんよ」
そう言い切ると、俺は未練なく長谷山さんに背を向けた。
◆
「それでその長谷山って人がこの土地を7000億円で買い取るとか言い出して、ふざけるなよって話だよな。ここは俺とコハクの大切な場所なんだぜ?」
「ふふ、そうだね」
自宅ダンジョンに帰った俺は、素材を配合して各種アイテムを作っていた。
「アークポーション、また一個作れそうだな。あとはドロップしたアクセサリーにモンスターの素材を配合して、レア装備作るか」
アクセサリーとは、ダンジョン業界では主に追加効果を持った武具以外の装備品を指す。
火炎攻撃に耐性がつく指輪、魔力回復が早くなるイヤリングなどだ。
ドロップしたがそれらアクセサリーにモンスターの素材を配合することで、俺はより効果の高い、レアアクセサリーを作り出していく。
「ざっとこんなところかな」
「じゃああとは一階部分の増築だね」
さも当然とばかりに、コハクは俺に微笑みかけてきた。
無言の圧力に、俺は返事に困った。
俺はウィンドウから今まで作った間取りをいくつか出して悩むフリをした。
「う~ん、大浴場はいつでも入れるように俺とコハクの部屋の間につけたいけど、それでもしもお風呂でバッタリ会ったらきまずいしなぁ」
と、コハク好みの話を振るも、彼女の表情はすぐれなかった。
「……ねぇ、やっぱりハニー、ボクのこと解放する気でしょ?」
「そんなことないよ」
「じゃあいますぐポイント使ってよ!」
コハクは声を荒立てた。
こんなコハクは初めてで、俺は面食らってしまう。
「コハク……」
彼女はしたくちびるを噛みしめ、琥珀色の瞳の端に、大粒の涙を溜めていた。
「ハニーの考えていることなんてわかるよ……ハニー、すごく優しいもん。ボクのために部屋を作ってくれて、スマホをくれて、家で寝かせてくれた。デートに連れて行ってくれた。なのに、ボクのカラダには手を出さなかった……」
コハクは自身の大きな胸を下からわしづかみ、ぐいっと持ち上げた。
でも、その目は悲愴感に溢れ、俺はただ辛かった。
「管理人に過ぎないボクを、ハニーは一人の女の子として扱ってくれた。だからボクを自由にしてあげたいって、そう思っているんでしょ?」
コハクの声は徐々に熱を帯びて、声には涙が混じっていく。
「でもね、それは行き過ぎた気づかいだよ。ボクはハニーに縛り付けて欲しいんだ。ハニーのこのダンジョンに縛り付けて、一生俺のそばにいろって、俺から離れるなって、そう思って欲しいんだよ! お願いだからボクの鎖を取らないで! 僕を囲い込んで離さないで!」
「コハク、俺は――」
「ッ」
俺が何か言う前に、コハクは涙をこぼすと同時に俺に抱き着いてきた。
そして、俺のくちびるに吸い付いてきた。
息を乱し、むしゃぶりつくようなキス。
その激しい求め方らから、彼女の不安が伝わって来る。
きっと今まで、彼女は笑顔の下にずっと不安を抱えていたんだろう。
そのことが申し訳なくて、心苦しくて、俺は愛する彼女とのキスを心から味わえなかった。
無遠慮なノック音が響いたのは、その時だった。
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