第26話
五分後。
俺はホールの赤絨毯の上で、二人を土下座させていた。
「いいか? 初犯だし、お前たちは若くてまだ未来があると思うから許してやるけど、次来たら警察に突き出すから、二度と来るなよ。とか中学生の俺に言わせるな!」
「「すいませんでしたぁ!」」
「それから、ここのことは誰にも言わないように。もしも言ったことがわかったら、お前らのことは住居侵入と器物損壊で訴えるからなッ」
赤絨毯に額を打ち付けて謝罪する二人に、俺は念を押すように言い含めた。
ちなみに、かざしたスマホには防犯カメラの映像がきっちりと映っている。二台目の防犯カメラが、家の壁面についていたのだ。
その映像に、二人はさんざん震えてから、すごすごと逃げて行った。
その背中を見送りながら、コハクが俺の顔を覗き込んできた。
「ハニー、逃がしちゃってよかったの?」
「警察に言ったら事情聴取と現場検証でダンジョンのことが公になるからな。て行っても、昨日のアサシンもだけど、雇い主にはバレているだろうな」
「ラビリエント、だね」
「十中八九な」
ダンジョン・クロス・グループ、通称DCGや、オークション会場で会った紳士淑女の可能性もゼロではない。
けれど、侵入者のレベルの落差から、俺はラビリエントだと睨んでいた。
最初は姿を見せなかった高レベルのアサシン。
次はごろつき同然のFランク冒険者。
オークションのセレブなら、ごろつきなんて使わないだろう。
となると、社員に俺の噂が響いているラビリエントの下っ端社員が暴挙に出たんじゃないかと思う。
俺は一抹の不安を抱えながら、コハクの手を引いた。
「コハクをここで寝かせるの不安だから、今日は俺の家で寝てくれないか?」
そもそも論、鍵も無い家に女の子を寝かせるのがおかしいのだ。
「うん、一緒に寝ようね♪」
「い、一緒じゃないくていいから、な」
「えへへ♪」
コハクは二十四時間可愛かった。
◆
翌日の放課後。
俺は探りを入れる意味も含めて、あえて今まで通り、ラビリエントの換金所を利用した。
情報がどこまで伝わっているかはわからない。
だけど、俺は受付どころか通りすがりのスタッフ一人一人に至るまで気を配った。
いつも通りバックヤードで素材を提供。
別室でソファに腰かけ、紅茶を飲む。
するといきなり、色付き眼鏡をかけた中年男性が入ってきた。
「はいはいはい、どうも奥井さん、今日もたくさんのレア素材感謝でーす♪」
胡散臭い愛想笑いを浮かべながら、体面のソファにどっかり座ると、いきなりまくし立ててきた。
「あ、自分、この換金所所長の新井坂言います。初めまして。いやぁ、奥井さんの活躍はかねがね。もぉお昼になったら休憩所で受付嬢の女の子たちが噂していますよぉ。って、受付嬢の女の子って重複してますわな、あはははは♪」
大げさな笑声で盛り上がる新井坂さんに、俺はたじたじだった。
なんというか、こういうテンションは苦手だ。
「それでですな奥井さん、あれだけの素材、どこのダンジョンで仕入れたんや?」
下手なエセ関西弁を怪しみながら、俺は答えた。
「それは言えません。俺の穴場ですから」
「けど奥井さん、冒険者資格持ってないんやろ? ちゅうことは資格なしでも入れるダンジョンなんやろうけど、東京中のフリーダンジョン調べても、奥井さんを見たって人に当たりまへんのや」
どうやら、ラビリエントはかなり、念入りに俺に探りを入れているらしい。
「どうしてそんなに俺のことを調べるんですか?」
「そりゃ調べますがな。奥井さん、自分がどれだけ凄いことしているか知ってはりますか!?」
新井坂さんは声を一オクターブ上げた。
「ええでっか? 本来スーパーレアメタルを含むレア素材というものはAランクBランク冒険者がそれこそ40階層以上のダンジョン上層部で苦労してやっと手に入る逸品なんや! それを十代で、こんなん言ったら失礼やけど無名の冒険者が毎日ぎょうさん持ってくるなんてあり得へんで。中学生のうたってみた動画が毎日100万回再生されるようなもんや」
――そのたとえはわかるような、わからないような。
「しかもその素材の出所がわからん言うたら疑う人も出ますがな。隠し部屋なり穴場スポットだとしても、せめてどこのダンジョンかぐらいわからんと」
「疑う人?」
「せやで。私が言うてるわけやないけど、それこそ盗品ではないのかなんて口さがない人もおるんや。せやから奥井さんの今後のためにもここはひとつ――」
新井坂が離し終える前に、俺は立ち上がった。
「どないしたんや奥井さん?」
「帰ります。採取場所の報告義務はないのに盗品の疑いまでかけられて、こんな場所利用したくありません。今回の素材の金額は口座に振り込んでおいてください。では」
喋りながらドアを開けて退室。
俺は廊下を抜けて、エントランスへ出ようとして、背後から聞いたことのない声に呼び止められた。
「うちの馬鹿社員が失礼しました奥井様!」
その大声に思わず振り返ると、仕立ての良いスーツを着こなし、新品の靴でカツカツと廊下を打ちながら足早に駆けてくる男性が目に映った。
近くで見ると、整いきった髪型と、薄く塗られた男性用コスメから高い美意識を感じた。
「わたくし、ラビリエント本社第二ダンジョン開発部部長の長谷山浩二郎でございます」
真摯な態度で頭を下げ、長谷山さんはきびきびと答えた。
「この度は我が社の新井坂が大変失礼を致しました。重ねてお詫び致します」
長谷山さんは折り目正しく、あらためて頭を下げ直した。
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