第25話

 模様替えの終わったコハクの部屋で紅茶を飲みながら、俺は彼女から事情を聞いていた。


「そっか、とにかく、コハクが無事でよかったよ」

「うん、これもハニーがボクの部屋を作ってくれたおかげだね♪」


 彼女も紅茶を手に笑ってくれる。

 ちなみに、両手の先でカップを持つ姿がかわいらしい。


「それとだけで部屋で何していたんだ?」

「日記を書いていたんだよ♪」


 椅子から立ち上がった彼女は、机の上からデパートで買った、大航海時代の航海日誌を彷彿とさせる日記帳を持ってきた。


「今日のハニーがボクに優しかったとか、ダンジョンで戦う姿がカッコよかったとかね♪」


 まるで幼い子供が親に自分のコレクションを自慢するようにまくしたててくるコハク。


 その姿が無邪気で、日記帳を買ってあげてよかったと心の底から思った。


「あとハニーがボクのおっぱいに興奮していたとかボクのおっぱいをチラ見してから視線を逸らしていたとかボクが胸を持ち上げた途端に首をこっちに回してきたとかそれからクールな表情をかたくなに守ろうとしていたのが可愛かったとか♪」


「その日記帳をよこせぇえええええ!」

「ヤダー♪」


 俺が両手を伸ばすと、コハクは両手で日記帳を手にバンザイ。

 それからくるくるまわりながらベッドへダイブ。


 あろうことか、日記の上に自身の特盛メロンサイズをどたぷん、と乗せて覆い隠した。


「おっぱいガード♪」

「ぐふっ!」


 コハクは勝利の笑みを浮かべた。

 俺は痛恨の一撃を受けた顔をした。

 俺は回れ右をして、背を向けながら敗北宣言をした。


「とりあえず、入り口にはカギをつけようか」


 俺はなすすべもくぶざまにその場から逃げた。


   ◆


 翌朝。

 学校へ行くと、教室はいつも通り、加橋を輪の中心に置いて盛り上がっていた。

 とはいえ、話題は加橋、というよりも、加橋のお兄さんらしい。


「今朝の最新動画見たよ。加橋君のお兄さんカッコよかったね」

「あの剣、アダマント配合のディーナ・ブレイドだよね!」


「さっきネットで調べたけど、まだ席にあ20本も無いんだろ! よくあんなの競り落とせたよな!」


 女子と男子からの賞賛に、加橋は自分のことのように自慢げだった。


「まぁ、役員冒険者にもなれば収入はそこらのセレブなんて目じゃないからな。兄貴にとっては普通のことだよ」


 ――加橋家の財産から●億円、しっかりいただきました。


 俺は心の中で営業スマイルを浮かべた。


「なぁなぁ、加橋の兄貴ってどうやって役員冒険者になったんだ?」


「実力だよ。冒険者学校を卒業する前にダンジョンで知らない冒険者に襲われて返り討ちにしたらはい合格。大企業が将来有望な冒険者によくやる青田買いってやつだよ」


「すっげぇ! なにそれ、本当にそんなことあるんだな! 完全に少年漫画の主人公ムーブじゃねぇかよ!」


「突然大企業の試験官に襲われるなんて憧れちゃうよなぁ!」


 ――そこだけ切り抜くと危ない発言だな……。


「そういえば加橋、もしかして前使っていた剣、お前貰えたりするんじゃないか? 弟なんだし!」


「ああ。前のグリフォエッジな。ふん、あれはオレがラビリエントに入社したらお祝いにくれるってよ」


「すっげぇえええ!」

「まぁ兄貴は入社祝いに新品の剣を買ってやるとか言っていたし、三年後にもっといい剣があれば別だけど、とりあえあず予約っつうの? そういう感じだな」


 今日も加橋は有頂天だった。

 そして俺は三年後、オークションに何を出品しようかなと考えた。


   ◆


 その日の夜。


 学校の帰りに防犯ショップで買ってきた南京錠と監視カメラをプレハブ小屋と家に取り付けた俺は、コハクとまった夜を過ごしていた。


 俺らは夕食に、コハクが作ってくれたロールキャベツにケチャップライフ、ワカメのスープを食べながらテレビで映画を見ている。


 すると、ちょうど主人公がヒロインとキスをするシーンでコハクが「あっ」と言った。


 キスシーンがちょっと気まずかった俺は、余計に驚いてしまう。


「ど、どうしたコハク!?」

「いまダンジョンに誰か来たみたい」

「おぉ、流石管理人、離れていてもわかるのな」


 俺はコハクの能力に感心しながら席を立った。

 二人で外に出ると、プレハブ小屋の南京錠は外されていた。


 南京錠は、まるで正規のカギを使ったようにきれいに空いていて、触っても傷はついていなかった。


 ダンジョンでアサシンや盗賊系の冒険者が獲得すると言われている、鍵開けスキルだろう。


 その一方で、プレハブ小屋に取り付けた防犯カメラは壊されていた。

 首の部分が曲がっていて、強引に捻じ曲げられたのがわかる。

 俺らが勢いよくダンジョンに入ると、知らない二人組の背中が見えた。


「お前ら誰だ? 警察に突き出されたくなかったらおとなしくしろ」


 俺は両手に魔力を貯めながら冷静に警告した。

 振り返った二人は若い男だ。


 ジャージ姿だけど、手には品質の悪そうなナイフと鎖鎌を持っていた。

 きっと、駆け出しのFランク冒険者だろう。


「おいどうする!?」

「バレちまったもんは仕方ねぇだろ! 逃げるぞ!」


 二人は左右に分かれると、大きく俺らの背後に回り込もうとする。

 普通なら、どちらを捕まえるべきか悩むだろうけど関係ない。


 出口はひとつ、どちらにせよ、二人は出口で合流するのだ。


 俺はバックステップで出入り口の前に立ち塞がった。

 左右から二人が刃物を手に迫って来る。

 その二人に、俺は両手を伸ばして水流魔術を発動させた。


「アクア」


 左右の手から、超高速の水流が迸り、二人の胸板を直撃。

 二人はダミ声を水音にかき消されながらぶっ飛んだ。


 一人は左手のソファに頭から落ちて、もう一人はカウンターに頭から突っ込み、動かなくなった。


 すると、コハクがスカートを翻して、振り返り、胸の前でメイド喫茶のメイドさんよろしく、両手でハートを作った。


「殺さず捕まえたい敵には水流魔術。ハニー、ハナマル♪」


 ちゅっととがらせたくちびるがセクシーで、俺は頬を緩んだ。

 本当に、こんな可愛い生き物がいることがいまだに信じられない。

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