第24話
一時間後。
ラビリエント本社では、部長の長谷山が眉をひそめていた。
「ダンジョンに行っていない、だと?」
部下であるアサシン系冒険者が首肯した。
「この数日、奥井育雄という人物を監視しましたが、どこのダンジョンにも行っておりません。彼は多くの時間を自宅の物置小屋で過ごしているようです」
「物置小屋?」
その単語に、長谷山は難しい顔をした。
「はい。毎朝、庭の物置小屋に入ってから登校し、下校してくると夜までずっと物置小屋にいるようです。それから我が社の換金所で換金を」
「その物置小屋が素材の受け渡し場所になっている可能性は?」
「ありえません。仲間には奥井育雄が学校へ行っている間も物置小屋を見張らせましたが、他の人間が出入りしている様子はありませんでした。あえて言うなら一人、若い少女が出入りしていますが、どうやら彼女は物置小屋に住んでいるようです」
「住んでいる? 少女が一人で? 何故そう言い切れる?」
「彼女も外に出ないのです。家の敷地から一歩も。出入りと言っても、少女が誰かとの橋渡しになっていると言うわけではありません」
アサシン系冒険者は自信をもって答えた。
「少女も日がな一日物置小屋で過ごし、時折、母屋、と言うべきでしょうか、家に入りますが、また物置に戻ります。客観的に見れば、物置小屋を恋人とのあいびき場所にしている特殊性癖の持ち主にしか見えません」
「ふむ、換金所からの報告でも、彼に恋人がいるのは知っているが、君はどう見ますか? 加橋さん」
長谷山部長に水を向けられたのは、ほんの一時間前まで、くだんの奥井と一緒にいた、あの加橋兄だった。
彼はあごに手をあて、不思議そうに首をひねった。
「不思議な少年でしたよ。握手を交わしましたが、レベルはそれなり程度。強者の雰囲気がまるでない。あれでスーパーレアメタルやアークポーションを手に入れられるとは到底思えません」
加橋兄は声を硬くして、姿勢を正した。
「6年前、私はまだかけだしの冒険者でしたが、Aランク冒険者たちで結成されたオールスターパーティーが前人未到の70階層へ挑戦。フロアボスを討伐してアークポーションを倒したニュースは、今でも鮮明に覚えています。ですが、彼が一人で80レベルのフロアボスに勝てるとは思えない」
加橋兄の評価に、長谷山部長はあごをなで考え込んだ。
「ふむ、だとするならば、やはり他に協力者がいるのか……しかしいつ接触しているんだ?」
アサシン系冒険者が恐る恐る口を開いた。
「強引な話ですが、あえて言うなら学校のトイレでしょうか? 私もそこまでは監視できませんから」
「学校のトイレで陰の実力者と密会。そしてアイテムを受け取り、換金所へ。確かに強引だがつじつまは合う。だが、なぁ……」
長谷山は両肘を机について考え込んだ。
それはあまりにも強引すぎる。
結論ありきの暴論だ。
彼にはどうも、物置小屋という単語が引っ掛かってならなかった。
◆
深夜。
奥井育雄の家に、アサシン系冒険者が忍び込んだ。
ラビリエント本社で長谷山に報告をしていた、あの社員だ。
塀を乗り越えて庭に降り立つと、彼はまっすぐ、プレハブ小屋を見据えた。
ダンジョンでは、レベルが上がると戦い方に応じてステータスが上がる。
同時に、スキルと呼ばれる特殊能力も得る。
彼はアサシン装備と敵の背後に回り込む戦い方から、地形分析スキル、罠看破スキルを持っていた。
彼が庭を見渡すも、罠、防犯グッズの類は見当たらなかった。
なので、遠慮なくまっすぐプレハブ小屋を目指した。
カギはかかっていない。
彼は緊張半分、飽きれ半分でドアに手をかけ、ゆっくりと横に引いた。
こんな小屋に一体何が隠されているというのか。
そんな思いが、中から洩れる光にかき消された。
「?」
外の窓は曇りガラスで中の様子はうかがい知れないが、明かりがついていないのは明らかだ。
なら、この光は?
一センチの隙間から中を覗き込んで、アサシンは目を見張った。
そして、思わず無警戒にドアを開けた。
「ッ、なん……」
溢れそうになった声と一緒に、アサシンは息を呑んだ。
そこは、まるで一流ホテルのエントランスホールだった。
上等な赤絨毯に瀟洒なウッド調の内装。
広々としたホールの左手にはソファと大理石のテーブルが並び、右手のカウンターの横にはクロークルームの文字。
どう考えても、プレハブ小屋の容積を数百倍もオーバーしている。
「まさかここは……ダンジョン?」
アサシンが感想を口にすると、背後に足音が迫った。
◆
コハクからメッセージを貰った俺は、庭のプレハブ小屋に走った。
ドアが開いている。
俺は意を決して中に入るも、誰もいなかった。
胸ポケットのスマホが震えた。
自室にいるコハクからのメッセージだ。
犯人は、特に何も盗んでおらず、すぐ隠れたらしい。
なら、ここは波風立てず、あえて逃がすことにする。
俺はわざとらしくドアを全開にして、外をチェック。
「おかしいな」
と言いながら、エントランスホールの奥へ向かった。
すると、背後で気配がした。
以前俺ならこんなスパイ染みた真似はできない。
けれど、レベルの上昇と同時に成長した鋭敏な感覚は、敏感に生き物の気配を察知した。
スマホが震えると、コハクからのメッセージが届いていた。
どうやら、犯人は逃げたらしい。
廊下の奥から物音がして、コハクが顔を出した。
彼女の無事を把握して、俺は笑顔になった。
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