第22話


 何か探りを入れるような声音と話題に、俺はやや警戒を強めた。


「特には、それが何か?」

「いえ、ただもしもオークションに持ち込んでいる品がありましたら、一度こちらに持ち込んでいただければ、適正価格で買い取らせていただこうと思いまして。オークションでは価格に浮き沈みもあると思いますし」


「談合ってやつですね」


 ようは、オークション参加者みんなで結託して、わざと安く商品を競り落とすというわけだ。


「えぇ、なのでご負担でなければ、もしもSレア級のアイテムが手に入りましたら是非こちらに」

「そんなものが都合よくドロップしたら考えますよ。それと、査定はまだですか?」


 俺が尋ねると、まるでドア越しに聞き耳を立てていたようなタイミングの良さで、男性スタッフが入ってきた。


「お待たせしました奥井様、こちら、査定結果でございます」

「ありがとうございます」


 俺は査定額を確認すると、その場をあとにした。

 換金所の喧騒を通り抜ける中、俺の気分はなんだか複雑だった。


 駅へ向かう帰り道、俺が考えるのはスタッフたちの態度だ。

 俺はいままで、あんなに良くしてもらったことはない。


 彼女たちが俺に良くしてくれるのは、俺がレア素材を持ってくるからだ。

 ようは、レア素材目当て。


「……」


 でも、それは当然だろう。

 俺と彼女たちは友達じゃない。


 客とスタッフの関係だ。


 それに、漫画では『相手によって態度を変えるのは最低』などというセリフがあるけれど、それが当たり前だろう。


 誰だって、好きな人と嫌いな人とでは態度が違う。

 だから、換金所のスタッフが大口の換金をしてくれる冒険者に愛想を振りまくのは至極当然だ。


 なのに何故か、俺は言いようのない気持ち悪さと、うしろめたさがこみあげてくる。


 自動支払い機みたいに、素材を入れたら自動的にお金が振り込まれるような機械があれば、俺はそちらを使いたいと思った。


   ◆


 奥井育雄が立ち去った後、換金所から報告を受けた男は執務室で鼻息を鳴らした。


「やれやれ、やっと来たか。もう少しでスーパーレアメタルの在庫が切れるところだったよ」


 年齢は30代後半。仕立ての良いスーツと整えられた髪型、そして、手入れの行き届いた革靴から、美意識の高さが見て取れる。


「手掛かりは無し、か。わかった、ならば予定通り、奥井育雄に監視をつけろ」


 男は電話を切ると、策士の顔でニヤリと笑った。


「ただのガキがスーパーレアメタルを大量に持っているはずがない。出所を調べさせてもらうぞ」


 男はガラス張りの壁面から東京の街並みを睥睨して、期待に口角を上げた。


   ◆


 翌日の土曜日。

 俺はいつも通り、朝から自宅ダンジョンに入り浸り、昼に一度一階に戻った。

 エレベーターから下りた俺に、コハクは笑声をかけてくれた。


「今日もお疲れ様。シャワー入る?」

「いや、先に午前の成果を確認したい。魔石をポイントに交換させてくれ」

「わかった」


 コハクが指を鳴らすと、エントランスホールの空間にウィンドウが開いた。

 俺は、今日の倒したモンスターからドロップした魔石をすべてポイントに変えた。


 すると、ポイントのカウンターが一気に上昇。

 かなりの額が貯まった。


「わぉ♪ 80万ポイント越えなんてすごいねハニー♪ これだけあれば一階をいくらでも増築できるよ♪」

「そ、そうだな」


 白い歯を見せて笑ってくれるコハクに、俺はドキドキしながら画面を操作した。


「あれ? 増築しないの?」

「ちまちま増築しないで、どうせなら一気に進めたいからな。それに間取りを作るのが面白くて、なかなか決まらないんだよ。俺、箱庭ゲーム好きだし」


 俺はコハクに制作中の間取りを見せた。


「俺の部屋とコハクの部屋や広いバスルーム、シアタールーム、動線も考えるとバスルームは、とりあえずシアタールームは奥にあったほうがそれっぽいな……」

「……ねぇ、ハニー」


「なんだ?」


 珍しく、コハクが感情の少ない平坦な声音で尋ねてきた。

 俺は、画面から顔を上げずに返事をした。


「もしかして、ボクを解放しようとしていない?」

「ッ」


 一瞬、顔を上げそうになって、でもやめて、だけど固まったままだと逆に怪しいかと悩んで、俺は反応に困った。


  ――できれば、サプライズにしたかったけど。


「やれやれバレちゃったか。コハクの言う通りだよ。待っていろよ。俺がもうすぐコハクをこのダンジョンから解放して――」


 顔を上げて、俺は絶句した。

そこにはコハクのらしくない、寂しげな表情があった。


 意外な様子に俺が息を呑むと、彼女は肩を縮めて、不安を紛らわせるように華奢な両手を下半身で合わせた。


「ボク、いらない? 邪魔だった?」


 まるで捨てられた子犬のような上目遣いに、俺は胸が痛んで、慌てふためいた。


「そんなわけないだろ! コハクは俺の大切な家族だしずっと一緒にいて欲しいよ!」

「だったら、やめてほしいかな。だって、ボクはハニーのものだし」


 彼女は右手に合わせていた左手を上に滑らせて、そわそわと落ち着きがない様子で右ひじを握った。


「ボクはここに囚われているんじゃない。守られているんだ。ここにいると、ハニーのモノって実感できるんだよ。ここから解放されたら、なんだか……」



 捨てられたみたい。



 その言おうとして、コハクは言葉を呑み込んだ。

 まるで、言葉にすることすらためらうように、彼女は悲し気な視線を逸らした。


「わかった! 解放しないから! コハクは俺のもので、コハクはここから出ちゃだめだぞ!」

「ほんと♪」


 コハクの顔がぱっと輝くように笑顔になって、両手を猫の手にして肩の前にかざした。

 その姿は可愛らしくて、さっきまでのはかなげな雰囲気が嘘のようだった。


「ほんとほんと。嘘じゃないって」

「えへへ、ハニー好き♪」


 言って、コハクはきゅっと俺の胸板に寄り添ってきた。

 彼女の体温がとても心地よい一方で、俺はなんだか悲しかった。

 他人から必要とされたい、ならわかる。


 だけど、縛られることで求められている実感を得られるなんて、なんだか納得できなかった。


 だけど同時に、不謹慎極まりないも嬉しい気持ちがあった。

 心のどこかで、コハクは俺がダンジョンマスターだから従っている、愛想を振りまいているのではないかという恐れがあった。


 だけど、自由にしないで欲しいという願いが、俺個人を求めてくれているのだと思わせてくれる。


 レア素材目当てでちやほやしてくるスタッフたちとは違うんだ。

 彼女を幸せにしたい。


 その想いが、俺のなかで大きく膨らんでいく。

 だけど今はその方法が思い浮かばなくて、俺は歯がゆかった。


「ほらコハク、俺いま、汗臭いから離れて」

「え? じゃあシャワー上がりになかよししちゃう?」


 小悪魔的に笑う彼女に魅了されながら、俺は話題を逸らした。


「そ、それよりもコハク、換金所で言われたんだけど、特級品のアイテムは換金所に持ち込んで欲しいって。オークションは浮き沈みがあるからって」


 コハクは至近距離で難しい顔を作った。


「う~ん、どうだろう。確かに安定はしているけど、トータルで言えばオークションのほうがプラスだと思うし」


「もしも何かしらの情勢不安とかで値崩れとか」

「だったら換金所でも安く買いたたかれるだろうね。それに、それだとダンジョン企業がアイテムを盾に権力を握ることになると思うけど?」


 言われてみれば、オークションなら俺に金を払えば誰でも手に入る。

 ただし、ラビリエントに売れば、一か所に権力が集中する。


 アークポーションを手にしたラビリエントが「ポーションが欲しければ」と誰かを脅す可能性だって捨て切れない。


「コハクの言う通りだな。じゃあアークポーションもだけど、特上品はこれからもオークションに出す方針で」


「OK♪」

「それと、今回の出品準備ってできているか?」

「うん、ばっちりだよ♪」


 コハクは可愛く笑った。

 ラビリエント社には悪いけど、特上品は全てオークションに出すことにした。

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