第21話
それから俺は、ラビリエント社で素材を換金するのをやめた。
理由は二つ。
ひとつは素材の出所を詮索されるから。
そしてもうひとつは、加橋が勢いづくのがなんか嫌だった。
我ながら心が狭いと思う。
とはいえ、賞賛されたいわけではないけれど、自分の功績を他人が利用しているのはいい気がしない。
もとからラビリエント社に売らないといけない理由もないのだからいいだろう。
というわけで、俺はここ二週間、ダンジョン・クロス・グループ、通称DCGの換金所に来ている。
列車で最寄り駅を通り過ぎた駅で降りる必要はあるけれど、二番目に近いダンジョンだ。
「はい、これが今日の分の素材です」
バックヤードで俺が大量のモンスターの死体やドロップアイテムを広げると、査定係のスタッフは黄色い声をあげた。
「素晴らしい! これだけのレア素材をよくぞ一人で! では査定が終わるまで、奥井様は別室にてお待ちくださいませ♪」
他のスタッフに案内されて、俺は応接室に通された。
そこでもラビリエント社同様、紅茶を出されてから査定額を提示される。
そして、俺が承諾すると査定係のお姉さんが猫なで声を出してきた。
「奥井様、毎度大量のスーパーレアメタルを持ち込み頂きありがとうございます。ところで奥井様は冒険者資格はお持ちではないのですよね?」
「ええ」
二年前は持っていたが、更新していないのでとっくに失効済みだ。
「ふんふん、では、こちらの素材は資格不問のダンジョンで?」
雲行きが怪しくなってきて、俺は少し警戒した。
「えぇ、まぁ……」
資格を持っていない人間がダンジョン素材を持ち込む以上、他にないだろう。
自宅ダンジョンの利用に資格はいらないので嘘ではない。
そして盗品ではないことを示すため、ダンジョンで手に入れた、という情報ぐらいは、出してもいいだろう。
「もったいない話ですねぇ。奥井様ほどの実力があれば資格を取り弊社のダンジョンで活躍していただければAランク昇進は確実でしょう。いかがでしょう、資格をお取りになられては?」
その言葉の意味するところを察して、俺は愛想笑いを浮かべた。
「いえ、俺はランクとかそういうのがわずらわしくてわざと資格を取らないんですよ。むしろ取りたくないですね」
口調は優しく、だけど言葉ではっきりと拒絶して、俺は立ち上がろうとした。
すると、スタッフはなおも食い下がってきた。
「では特別待遇として資格が無くても弊社のダンジョンを利用できるよう取り計らいますので」
――あ、なるほど。
失礼だけど、ただの受付嬢にそんな権限があるとは思えない。
これは、上司からの指示に違いない。
――DCG上層部が俺のことを調べるために俺を自社ダンジョンに活動させようとしている。そんなところだろう。
「申し出はありがたいのですが――」
ここで、有名ダンジョンは知り合いと会うかもしれないから恥ずかしい、と言おうとして、俺は言葉を呑み込んだ。
「いま利用しているダンジョンを攻略するまで他のダンジョンに挑む気ないんです。じゃあ俺はこれで。彼女とデートの約束があるんです」
今のは、以前、漫画で読んだ断るテクだ。
断るときに、なにそれだから、と理由をつけてしまうと、やり手の交渉人は「それなら大丈夫、だってなにそれですから。はい、これで問題ないですね、では交渉成立ですよね」と、向こうのペースに持ち込まれてしまう。
だから断るときは、相手に解決できない、感情論を盾にすればいい。
嫌いだから、好きだから、なにそれに夢中で他のことに時間を使いたくない、と言われれば、相手はもう何も言えなくなる。
加えて、彼女とデートと言えば、交渉を伸ばすこともできなくなる。恋路を邪魔すれば俺の不興を買うのは明らかだ。
足早に退室した俺は、駅に向かいながら少し考えた。
――DCGも結局詮索されるんだな。なら、わざわざ時間をかけてこっちにくる理由も無いか。
三大企業のうち、ラビリエントとDCGがこれなら、残る金和(かなわ)も同じだろう。
なら時間、タイパを考えて、ラビリエントで換金したほうがいいかもしれない。
詮索はをかわし続けるのはうざい。
けど、不機嫌を示すか、ちょっと性格が悪いけど、「これ以上せんさくするならここで換金するのやめますよ」と言えばうるさいことは言わないだろう。
そう思い直して、俺はまたラビリエント社で換金することにした。
◆
翌日の金曜日の放課後。
俺は半月ぶりにラビリエント社所有のダンジョン、その一階部分に併設された換金所を訪れた。
「換金をお願いします」
俺がカウンターで一言言うと、受付のお姉さんが俺の顔を見るなり前のめりになって目を剥いた。
「これは奥井様! よくぞいらっしゃいました! ささ、奥へどうぞ!」
言われるがまま、俺はまたバックヤードで素材を提出。
応接室へ通されると、受付のお姉さんも対面側のソファに座った。
「お久しぶりです奥井様、どうしたんですか、最近めっきり顔を見せて下さらないので寂しかったですよ。あ、このたびはまた多くの素材、特にスーパーレアメタルのご提供、ありがとうございますぅ♪」
ひとなつっこい媚びた猫なで声に、俺はやや引いた。
「まぁ色々ありまして。でも俺がいなくても御社なら優秀なAランク冒険者がそろっていますし、困らないでしょう?」
俺はちょっとかまをかけた。
こっちは、ラビリエント社がスーパーレアメタルの売買で株価を上げているのを知っているぞと、遠回しに言ってみる。
「いえいえ、奥井様が持ち込んでくれるスーパーレアメタルの量は弊社の月間産出量にも匹敵いたします」
意外と、内情を簡単に暴露してくれた。
足元を見るのではなく、俺をおだてて取り込もうというつもりなのだろうか?
「ところで奥井様、あくまで確認なのですが、オークションにご興味はおありでしたか?」
何か探りを入れるような声音と話題に、俺はやや警戒を強めた。
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