第18話
「じゃあコハクはリビングでテレビでも見ながら待っててくれ」
親のいない俺は基本自炊なので、最低限の料理はできる。
とはいっても男の手抜き料理がほとんどだ。
コハクを夕食に誘っておきながら、大したものは作れない。
「ボクが作るからいいよ。ていうか作ってみたいし」
「作ったことないのか?」
「ボクはダンジョンからの魔力供給で生きていけるからね、水やご飯は口にできるけど必要はないんだ。だから料理も、知識だけなんだよね」
「それもダンジョンがインプットしてくれたのか?」
「ううん、スマホ」
コハクが突き出した画面には、レシピサイトが表示されていた。
「科学のちからぁ……でもわかったよ。じゃあ夕食は任せたぞ」
「はーい」
元気よく返事をすると、コハクは俺からエプロンを受け取り身に着けた。
エプロン姿の女の子がキッチンに立っている。
それだけで、なんだか思春期男子の夢が具現化したようで、なんだか贅沢な気分に浸れた。
コハクは実践することを楽しむように、終始上機嫌で材料を切り、鍋で煮込み、混ぜていく。
彼女の表情はよく変わるので、見ていて楽しい。
一瞬、琥珀色の瞳と目が合った。
すると、彼女は小悪魔めいた笑みを浮かべて、ぺろりと舌を出した。かわいい。
動画撮影したい衝動を抑えながら、俺はテレビも見ないで可愛いコハクを眺め続けることしばらく。
彼女は初めての作業なのに、手際よく調理をこなしていった。
「はいハニー。まずはオーソドックスにカレーを作ってみたよ♪ 食べて食べて♪」
彼女はキッチンからお盆にのせたカレー皿とサラダを運んでくると、コップやスプーン、サラダにかける三種のドレッシングをテキパキと配膳してから、最後に紙パックから牛乳を注いだ。
ただ紙パックから牛乳が注がれるだけなのに、コハクが行うと一種の芸であるかのように美しく見えるから不思議だ。
「いただきます」
そう言って俺はカレーを一口。
すると、まるでカレー屋で食べるような味わいに舌が驚いた。
「うまっ! なんだこれ、いつものカレー粉だよな? なんで俺が作るのとこんなに違うんだ!?」
驚嘆する俺に、コハクはスマホをかざして見せてきた。
「ネットにあるおいしく作る方法を試しただけだよ? 米を炊くときははちみつをスプーンいっぱい分入れるとか、カレー粉に片栗粉を混ぜてトロみをつけるとか、あと生卵を冷凍してから解凍するとプルプルの触感になるとか」
カレーの中に入っている輪切りの卵。それはまるで、ゼリーのようだった。
「この短時間でどうやって凍らせたんだよ?」
「アルミホイルで包んだら熱伝導率が上がって早く凍るんだよ」
彼女がスマホをスワイプすると、生活知識のショート動画が再生された。
「コハクってハイスペックだな……」
ただでさえ美人で性格も可愛いのに、学習能力と料理までできるなんて、優秀過ぎる。
まるでアニメのヒロインがそのまま具現化してきたようなクオリティに、俺は舌を巻いた。
「喜んでくれてうれしいな♪」
肘を食卓テーブルにつけると、コハクは左右の手をグーにして頬に当てて、ニコニコと俺が食べる様を眺めてきた。
「ん? コハクは食べないのか?」
「言ったでしょ? ボクは食べなくても平気だって。味見はさっきしたしね。二日分作っておいたから、明日の朝食にして」
「それこそ言っただろ? 夕飯一緒に食べないかって。明日の分はいいから、一緒に食おうぜ」
「ん~」
ちょっと悩むようなそぶりを見せるコハクに、俺は言った。
「コハクと一緒に食べたいんだよ」
その言葉で、彼女の顔に笑顔が咲いた。
「えへへ、じゃあボクの分、持ってくるね♪」
上機嫌に返事をして、彼女はキッチンに戻った。
それから俺らは食卓テーブルで向かい合い、一緒にカレーを食べた。
「ハニーとご飯食べるの、なんか楽し♪」
「俺もだよ。誰かとご飯を食べるなんて、ずっとなかったから」
「ハニーってボクらダンジョン人と違って地球人でしょ? 家族いないの?」
小首をかしげるコハクに、俺はスプーンを置いて答えた。
「昔はいたんだけどな……もう、父さんも母さんもいないんだ……」
その頃のことを思い出すと、いまでも胸が辛くなる。
物心ついた時からいて当たり前の人。
当たり前すぎてありがたみを感じることができなかった人。
そして独りになってから、自分は寂しがり屋の甘えん坊だと教えてくれた人。
「最初は寂しくて、けどだんだん慣れてきて、寂しがることに意味はないと悟って、そうしたら辛い衝動みたいなのはなくなって普通に暮らせるようになったけど、それって寂しいが空しいに変わっただけだったんだよな……」
そこでふと、コハクの目に同情の念が色づいていることに気が付いて、俺は慌てた。
気遣わせてしまった。
その申し訳なさから、いまさら取り繕いの言葉を探した。
「ごめん、変な話して。せっかくの御飯作ってくれたのにこんな――」
手に触れる温もりに声を吞み込んだ。
視線を落とせば、喫茶店の時と同じように、コハクの白い手が俺の手を取り、指を絡め合い、手の平を合わせていた。
だけど、喫茶店の時とは違う。
あの時は、コハクが俺に甘えるような、求める手つきだった。
でも今度は、俺の冷たい心を包み込むような、与える手つきだった。
「ボクがいるよ」
柔和で温かい笑みと言葉に、俺は涙を押さえられなかった。
泣き顔は見せたくなくて顔を伏せると、コハクはもう片方の手で俺の頭を優しくなでてくれた。
握られる手と、ふれられる頭の熱が俺の冷たい虚しさを溶かしてくれた。
それはいけないとわかっているけど、本当にどこまでも甘えたくなってしまう。
コハクは、そんな女の子だった。
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