第5話 ごめん、俺はお前のずっと先を行っているんだ

 ダンジョンのエントランスに戻ると、大きな柱時計は昼を指していた。


 今から学校に行ってもずる休み扱いだ。


 俺は家に戻ると、ちょっと以上にずるいけど風邪の演技をしながら学校へ電話。


 今日は休むと伝えた。


 それから、また庭のプレハブ小屋に戻る。


 先生には悪いけど、ダンジョンの魅力には抗えなかった。



 

 そして翌日。

 目を覚ました俺は、すぐに部屋のカーテンを開けて、庭を見下ろした。


 そこにはしっかりとプレハブ小屋があって、ホッと安堵の息を吐いた。

でも、嫌な予感が背筋を駆け上がって来る。


 あのドアを開けたら、中身は空っぽで、ただのプレハブ小屋になっているのではないか、そんな恐怖が頭に浮かんだ。


 俺は慌てて、パジャマのまま庭に出ると、プレハブ小屋のドアを勢い良く開けた。


「ッ!?」


 そこは一流ホテルのエントランスホールのように瀟洒な内装で、奥のカウンター横にはメイド姿のコハクが、一部の隙も無い佇まいで俺を出迎えてくれた。


 古風なメイド姿とクールビューティーにはアンバランスが明るい笑みで、コハクは少し首をかしげて挨拶をしてくれた。


「おはようマスター♪ 今日は水流魔術の練習のために、火山洞窟の階層に行ってみる?」


 まるで交通事故に遭った家族の無事を確認したように、俺はどっと胸を撫でおろした。


「よかった、あった……」

「ふふ、ボクは逃げないよ」


 上品に微笑みながら、コハクは口元に手を添えて、くすくすと笑ってくれた。

 その笑顔に癒されながら、俺は顔を熱くした。

 昨日、会ったばかりなのに、俺は彼女にすっかり夢中だった。


「それでマスター、どこ行く?」

「いや、今日は流石に学校行かないと。帰ってきたらな」

「うん、わかったよマスター。じゃ、いってらっしゃい」

「ん……」


 コハクがおすまし顔で小さく手を振ってくれる。

 その言葉に、仕草に、独り暮らしの俺は胸が高鳴った。


 いってらっしゃい。


 もう、どれだけその言葉を聞いていなかったんだろう。

 両親が家にいた頃を思い出しながら、俺は小さな幸せをかみしめるように、口元がゆるんでしまった。


 ――なんかいいな、こういうの。


「じゃあいってきます、て、待て待て、俺が帰って来るまで待っているのヒマじゃないか?」


「え? 別にボクは……」

「ちょっと待ってろ」


 コハクの返事を最後まで聞かず、俺は家に戻った。

 それから、あるものを持ってきて、コハクに手渡した。


「これ、俺が前に使っていたスマホ。Wi-Fi電波こっちまで届くみたいだから、これで動画でも見て時間潰してくれ。使い方わかるか?」


「分かるよ。ボクは博識だからね」


 言って、コハクはスマホを操作してみせる。

某人気動画サイトのアプリを開いて、【男子 好き 女子の特徴】などといかがわしい単語で検索を始めた。


「こら、悪いことに使うな」

「悪いことじゃないよ、マスターが喜ぶことだよ」


 によによ笑い始めて、俺は嫌な予感がブンブンした。


   ◆


「加橋くん、昨日はありがとう♪」

「あたしたち、11階層なんて初めて行ったけどすごかったね♪」

「普通の人は10階層より上なんて縁がないもんね」


 教室で女子たちの黄色い声を受けながら、加橋は調子よく舌を回した。


「いや、そうでもねぇよ。ダンジョンの入場規制はオーナー会社が決めているからな。もっと規制ゆるい会社のダンジョン探せば行けるって」


「いやいや、レベルが足りないって」


「そうそう。だって11階層に行くには10階層のボスモンスター倒せないといけないじゃん。でもフロアボスのレベルって階層プラス10だから20レベルでしょ? エンジョイ勢のあたしたちで勝てるわけないよ」


「まっ、そういう時はオレを頼れよ。一緒にフロアボス、体験させてやるからさ」

「ほんとー、加橋くんやっさしー♪」


 お前どこから声出してんの? と聞きたくなるような芝居がかった口調。

 だけど男子はこういうのが嬉しいし、実際、加橋もご機嫌だ。


「やっぱ男子はレベルだよね」


「そうそう、ダンジョンで活躍できるし、普段だって彼氏がレベル高いと安心だよね」


「うんうん、加橋くんなら、変なのがからんできてもワンパンでしょ?」


「まぁな。20レベルのオレに勝てるのは、それこそプロ冒険者ぐらいのもんだろうぜ。でも、あんまりそういうこと言ったらかわいそうだろ? 世の中には、今どきレベル1の底辺君もいるんだからさっ」


 加橋が語尾を強めてから、背後から足音が近づいてくる。

 俺の視界に一本の腕が割り込んできて、俺の机に加橋がケツを乗っけてきた。


「おい奥井、お前まだレベル1なのか? まっ、組んでくれる人がいないんじゃ仕方ないよな?」


 嫌味な口調で、加橋はこれでもかと俺を見下してきた。

 その目からは、嗜虐心をいっぱいに感じる。


「けど、今どき図書委員女子でもレベル3はあるぜ。なのにレベル1ってどこの田舎もんだよ?」


 加橋のトークショーは、クラスメイト達の注目を集めた。

みんな、おもしろ動画を見るような面持ちで、誰も止めようとはしない。


「ソロプレイでも一階層でスライム退治ぐらいはできるのに、それも怖いのか? なんなら放課後、オレと一緒に11階層来るか? オレのおこぼれでレベル2になれるかもしれないぜ。もっとも、雑魚モンスターに殺されるのオチだけどなぁ!」


 ちなみに、俺のレベルは23。

 加橋をとっくに超えている。


 でも、俺のレベルを知らない加橋は有頂天になって俺をいじってくる。

 だから、俺は言ってやった。


「おいおい、レベル1の俺が11階層なんてどんだけ高度なドMプレイだよ。むしろ自殺か? 俺はお前みたいな天才金持ちじゃないんだから、あんまり庶民をいじめるなよ」


 おどけた態度で、むしろちょっと媚びを売るようにして俺は喋った。

 普段なら絶対にこんなことはしないけど、何故だか今は自然と口が動いた。

 きっと、コハクのおかげで精神的余裕が増えているんだと思う。


「なんだよつまんねぇなぁ」


 と言いつつ、加橋は声がはずんでいた。


「まぁ、オレと一緒にされちゃ困るってのはそうだよな。ごめんな奥井。でもボッチのお前にも、ダンジョンの楽しさはおすそわけしてやるよ」


 加橋はポケットから取り出したスマホを操作すると、俺に画面を見せてきた。


 それ某有名動画投稿サイトの画面だった。

 そこには、加橋ダンジョンチャンネルというページが映っていた。


 チャンネル登録者数は一万人。

 加橋がダンジョンでモンスター相手に戦う姿を、誰かに撮影してもらった動画集のようだった。


「チャンネル登録よろしくな。お前もこれ見てダンジョン気分を味わってくれよ」


 言いたい放題言ってから、加橋は俺の机から降りて、女子たちの元に戻っていった。


 加橋はすぐに女子たちに囲まれてみんなも加橋に好意的に接するも、俺は特に何も思わなかった。


 俺の頭は自宅ダンジョンのことでいっぱいで、加橋のことなんて三秒で忘れた。


   ◆


「ただいまぁ」


 自宅ダンジョンの扉を開けながら俺が挨拶をすると、コハクはポケットから手を出して佇まいを正した。


「おかえりなさいマスター」


 そして、花びらがほどけ開くような明るく優しい笑みで迎えてくれた。


 ただいまと言えば、誰かがおかえりなさいと返してくれる。


 それが嬉しくて、俺はキュンとした。


 どこの家庭にもある当たり前。


 だけど、その当たり前が嬉しくて仕方なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る