第三話 引き続き人物紹介パートである

「……無駄に、疲れた」

「おいおい大丈夫か?今お兄ちゃんが水持ってきてやっから待ってなー、優しくしてもらうのは新人だけの特権だぞ有効活用しろよー☆」

「なぁ聖〜!何食いたい!?俺のオススメはなー!」

「髪の毛ちょっと長いね聖くん〜」

「…………」

 喋り倒す鬼教官絣の教育を受け、疲れ果てた聖は食堂の机に崩れ落ちていた。

 それを良いことに聖の髪の毛を弄くり回すむすび、伏せているからあまり分からないが恐らく背後でおろおろと歩き回っているであろう永久。苦笑いをしながらコップを手に取る対波つなみ、机から身を乗り出して聖の耳元で活き活きと話し始める淡利あわり

 正直先輩方に纏わり付かれて迷惑この上ないが、最早振り払う力も残っていない。この疲労感が押し寄せている現状は完全に絣の所為で生まれている訳ではなく、少しくらいは絣に責もあるだろうが八割は聖の体力不足が原因だ。

 絣が他人の苛立ちを誘うのが大得意な天才だというのはご存知だとは思うが、彼に与えられた神譲りの叡智は常人の想像を超越していた。聖は言ってしまえば絣を舐めてかかっていたので、この有様である。

 他人の性格を一見して見抜き、相手に合わせた教育方針の脳内で構成する観察眼。しかも学習支援に於いて自分が関わってやらせるべき内容と自力でやるべき内容を分別しその場でカリキュラムを考えるという荒業を平然とやってのける思考速度と視野の広さだ。

 政府の子供等の塾講師にでもなって何処かに飛ばされてくれれば良いのに。と、教えてもらっている時に密かに思った程だ。ちなみにこれは七割の悪意と三割の善意により成り立った思考である。後で考えていることがバレて軽い手刀打ちを頂戴した。

 そんな訳で絣の頭脳のお陰で集中力が常よりも大幅に持続し、それが余りにも長すぎて集中が切れてからは折角覚えた文字が虫の大群に見えてくる程に疲れ切ってしまった。先に言っておくが習ったことが全て無駄になったという悲劇は起きていないので、今のところ学習の経過は良好である。

 そんな状態の聖……側から見ると至れり尽くせりな状況で先輩達に労働をさせている様に見えるが、全くの語弊。疲れ切って「もう放っておいてください」という意思を周囲に思い切りばら撒いている聖をものともせず、笑顔で喋りかけて来る歴戦の空気の読解知らずが揃っているだけだ。

 才能を持つ者は変人が多いとは言うが、これは流石に変人パラメータが振り切れ過ぎではないだろうか。率直に申し上げると今は口を利く事も儘ならないので半径五メートル以内に立ち入らないで頂きたい所存である。

 先程「お兄ちゃん」と言った男が対波。髪の毛はまるで葛飾北斎という過去の芸術家が描いた様な荒々しい波の如く、癖のある波の様な白い毛先の青藍色。

 二十三歳に相応しい若々しさを残しつつも年上の包容力を感じさせる………言わば「近所のお兄さん」の様な者だ。ちなみに、誰にでも「お兄ちゃん」の対応をするので警葬監視操行部隊は彼の弟だらけである。対波よりも六つ年上の楔は非常に複雑な顔をしながらお兄ちゃんと呼んでいた。

「歳を取ると………若い頃って幸せだなって思いながら戻りたくはねぇなって思うんだぜ☆若さを満喫しとけよ死にたくなるぞ☆」

 と、満開の笑みを湛えてそう言っていた彼の精神状態はとても分かりづらい。その言葉には「はい」とも「いいえ」とも返し難く、聖は苦笑いをするしか無かった。三十代目前の二十九歳、楔はその話を聞きながら顔に手を当ててむせび泣いていた。苦笑いをするしか無かった。

 そんな対波の弟筆頭と言えば、勿論この男。警葬監視操行部隊の美術担当、結である。ちなみに言っておくが正式には美術などと言う担当はない。彼の趣味だ。

 結は何が楽しいのか、人の服装や髪型を変えるのが好きでよく口煩く手を出して来る。だがそれは規律を重んじるという類のものではなく「こっちの方が可愛いから!」というこじ付けにより行われるものだ。酷く迷惑である。

 こいつの服装チェックに捕まったら最後だ、と言われているので結が警葬監視操行部隊に入ってからは隊内の服装の風紀がとても良くなったと楔がこれまた複雑な表情をしながら言っていた。

 そんな結に唯一自分から服装チェックをやらせに行く勇者が居る。その名も淡利。紫がかった灰色の少し長い髪に淡い桜の花飾りを付け、桃色のぱっちりとした目に子供の様に無邪気な光を宿している。

「なぁ!聖〜!こっち向けってば〜!」

 机に倒れている聖の周りをうろうろとしながら口を尖らせる淡利。彼は重度の「構ってちゃん」であり、一人で居ると彼は心細さを通り越して自分はこの世界に存在しているのだろうかと言う哲学的思考に陥り始める。

 この前寝ている灯と命と等価にできるものがあったとして人が死を躊躇うのは何故だろうと言う議論を交わしていた。それを見ていた絣が少し混ざりたそうにしていた。ちょっと引いた。

 どうやら親しくなった、と思った相手には徹底的な会話と接触を要求するようで聖の疲れ果てた時には絶対に会いたくないと思う人物で彼は最初に思い浮かぶ。つまり今の環境は聖にとって最悪である。

「…………あ、あわり……」

 喚き散らす三秒前の淡利に永久が困った様な泣きそうなような震えた声を掛ける。恐らく永久は聖の心情を察して「何とかしよう」と思ってくれているのだろう。普段から全く喋れない癖に本当に良い人だなこの人は。

 と、聖が突っ伏しながら思っていると結が聖の髪の毛から手を離し、こう言った。

「ほらほら淡利くん、可愛い顔してるんだからそんな顔しなーいの!スマイルスマイル!」

「あぁん!?誰が女だテメェぶっ殺すぞ!!」

「言ってないよ!?」

 そんな結の言葉を聞き、淡利が途端に修羅と化す。言葉遣いも荒くなり、淡利は結の胸ぐらを掴んで顔を怒りに染めた。

 …………そう、彼は幼顔と男性にしては高い声のおかげでよく女性と見間違えられる。それが彼にとって最も忌むべきことらしく、女性に関連するような言葉を掛けられると突然殺意の波動に目覚めるのだ。構ってやっても少しの失言で暴走し、構わなければ念仏のように何事かを呟き始める。かなり理不尽。

 そんな暴走した淡利を宥めるのはかなりの労力を要する。この場に居る結と永久では圧倒的に戦力不足だ。そして聖は未だに疲れが抜けず、机に突っ伏している。お願いだから今ここで争わないで欲しい。どっか行って欲しい。

「死ねぇぇぇぇええぇぇえええっ!」

「待って!?死にたくなーい!!」

「…………」

 雄叫びを上げる淡利。命乞いを始める結、首を左右にぶんぶんと振りながら何とかしようと慌てる永久。何故か休息を取りに来た筈なのに更に疲労の降り積もっている聖。そんな地獄絵図に終止符を打ったのは………。

「お兄ちゃんが水取りに行ってる間に混沌が展開されている!?」

「お前らもうさ、もう…………はぁ。」

 漸く戻ってきた対波と、対波の後ろに付いてきた溜め息の止まらない楔だった。



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