第二話 人物紹介パートである。
僕は、敵だらけの世界に一人で生きている。
僕の夢はこの鳥籠の外へと出ること。そしてこの警葬監視操行部隊は鳥籠の外へ出る者を鮮血の底へ沈め歩む者達の集い。……決して、馴れ合えるものではない。かと言って過剰に接触を拒むと警戒され、彼等の中のブラックリストに入れられてしまう可能性もある。その為あくまで自然に、関わりすぎないように。彼らは敵だが、愚かで居て貰えるのならば危害は加えない。消えても気付かれないような存在感で……。と、聖は在籍するにあたっての目標を掲げていた。
「…………あの」
「わぁー!今日の僕の変換効率は十二%だよー!」「十二!?低い!割と低い!!ところで何が何の変換効率!?」「あ……下にちょうちょが」「飛び降りる!?飛び降りるのか!?待て待て待て待て待て早まるな!!」
聖は万年筆を握る手を僅かに堅くし、おずおずと顔を上げる。だが聖が重々しく口を開きかけたのを手で制し、絣は蒼穹の瞳を翳らせながら幾度も頷いた。
「分かっている、言いたいことは分かっている。背後の者達が大変騒々しく、見事に学習意欲が削がれていく気持ちも分かる。だが耐えるんだ。ここで耐え切れぬのならお前は此処に居続ける事はできない」
「あいきゃんふらーい」「待て!棒読みで言いながら飛び降りるとかもう狂気しか感じねぇから!!待って!?お前なら死ななそうだけど待て!?」「常人なら死ぬ確率八十%だね!」「不穏な可能性を突き付けんなよ泣いちゃうぞ!!」
「僕達は、この背景共とは違ってそれなりの常識を踏まえた上での学習をしている訳で」
「おい、なんだお前……。その、手に持ったそれは……おい」「わーい今日も晴れだあー!」「答えろ!!」
「よし殺そうこいつら」
落ち着き払った口調で毛先の黒い藤納戸の髪を気障ったらしく弄りながら微笑む絣。しかしその笑みにはいつの間にか暗く影が落ちており、怒気に満ちた清々しいまでもの凶々しさを帯びていた。どうやら、いつも己に対する自信を他人の苛立ちを誘う程にも欠かさぬ彼にも天敵というものは存在しているらしかった。
そう……僕は何故か、このナルシシストの天敵に囲まれて、このナルシシストに文字を教わっていた。
***
警葬監視操行部隊という組織は隊員が朝から夜まで全て一丸となって政府からの依頼を熟す訳ではなく、朝を取り仕切る陽景と夜を取り仕切る宵夜見、その二つに分かれている。
その二部隊を纏めた責任者としての立場に在るのが警葬監視操行部隊隊長を務める楔であり、また、彼は陽景の統率者でもある。楔と行動を共にしたのは短い時間だが、それでも見ていて分かった。
彼は一人で居る時は徹底的に無駄を削ぎ落とした様な超合理的な動き方をしている。それでいて、仲間がそこに居るのであれば仲間の方へと気を回す。そんな気高さや洗練されたカリスマ性を持つ楔であればこそ、この部隊の長として活動を回して行けるのだろう。
……そんな統率者が陽景に居るというのなら、当然宵夜見もその対を必要とする。幾ら楔でも体は一つ、朝夜通して全てを見切り指示を飛ばすことは不可能だ。
だがしかし、隊員達が楔という模範的にして圧倒的な指導者の影を見てしまっているからには、その職務は凡人などには務まらない。そしてその重圧を負いながらも、彼は己の責務を果たすことを心に掲げている。
その彼の名は、
「待てコラァ!!」
言え……。
「ちょ、嘘だろお前ちょっと待ってちょっと待ってどうしてそんなことをするちょっと待てー!!」
……言えるのか……?
「それは無いだろうな、何故ならこの残念感「これはないわ」と即断できる最早安心すらできる信頼と安定の残念感だからな」
「残念感!?さっきから俺の方見てずっと言ってるけど何それ残念感って!?」
喋り出すとこの有様だ。聖が哀れみの混じる視線を御比に向けていたのが分かったのか、最早心を読んだとすら思える程に言葉を繋げた絣。彼が連呼した通り御比は警葬監視操行部隊の新人、出会ったばかりの聖でさえも納得できる残念感を世界に誇っている。
所謂弄りやすさ、という訳なのだが御比のそれは群を抜いている。聖からすれば四年も先輩になるのだがそれでも「この人なら別に不敬な視線を向けても許される気がする」という舐められっぷりだ。残念感の人、と覚えておけばひとまず間違ってはいない。
「ちょうちょ……下に、いたのに……」
そんな残念なお方に窓から飛び降りようとした為に必死に制止を求められ、不貞腐れたように不満気な声で呟く少年。彼の名は、
その眼は虹彩異色症……ヘテロクロミアの症状が出ているらしく、左目の色は不確定で今は白色で安定しているらしいが何か嵐の中で激しい感情の変化や切っ掛けがあればまた違う色に変色するのだとか。
聖はまだその色が変わった所を見たことがないが、長く共に暮らしていればその変貌の場面を見ることができるのだろうか……。
「……ちょうちょ」
いや、見られない気がする。
何故ならば、嵐の表情は常に変わらない。常の感情の起伏すらもあやふやな彼がその胸に激しい熱情や失望感を抱くことがあるだろうか………否、無いだろう。そもそも長く暮らしていれば、と言ったが聖はここに長居する気もない。一刻も早く外へ出たいのだ。よって、その瞳の変化は興味深いが聖がその瞬間を見ることは無いだろう。
「今日の僕の変換効率は十二%だよ〜」
そして、先程話していた者達の中で最も理解し難い発言を多く残しているのがこの彼、
そして、本当に何故なのか、頭に付けた風車で風力発電を試みている。よく風力による電気への変換効率を誰も聞いていないのに喋っている。……中々に、個性的な青年だ。彼の行いに関する素直な感想を述べるとなれば先輩に対する暴言になりかねない。聖は取り敢えず関わらないようにしている。
「はぁ………意味わかんねー」
と、気怠げに長い髪の毛を掻き毟る男。彼は比較的まともだと定評のある
そんな日向だが、前記の嵐と緋という暴風雨同然の勢いの吃驚人間達に出会ってしまっている手前、何故か迫力が急激に失速する。寧ろ「嗚呼、普通の人が居た……!」と救われた気分になる始末。恐ろしい目付きの性格不良少年が一般常識扱いされる宵夜見の闇が垣間見えた。
「ね!日向ー!」
「いや……ね!って言われても分かんねーよ」
「ね!」
「だから、ね!って言われても分かんねーって言ってんだろうが!!」
そして、そのたった今キレている日向とよく一緒に居る総髪にした白髪に赤いメッシュを入れた青年………彼こそが絣の最大の天敵にして無邪気で無自覚な狂気、
「な!」
「言い方変えれば良いってもんじゃねーぞ」
そう、灯は友人として見るのなら決して悪者ではないだろう。多少語彙力の無さを勢いで庇い強引に補う場面もあるが、決して関わりたくない絣や嵐、緋などの人材とは大きく違う。
常に笑顔で人柄も良く、糸目でにこにことしているその姿には僅かな安堵感すら覚える。人は誰だろうと笑いかけられれば自然と安心してしまうものだ。
そんな灯だが、彼は眠った時に普段言えていないのか、不満や鬱憤、哲学的な闇を吐き出し始める。この間食堂で灯がうたた寝していた時には「人間の生きている意義とば何処にあるのか」と言う議題で淡々と一人会議の寝言を言い続けていた。
絣が灯を苦手な理由は「人と人との間の境界線に全く理解が無い」という事らしく、どういうことなのかと絣に聞いたら長々しく凄く眠いが納得する演説をして貰ったので要約すると「人が集中したい時や一人で居たい時があるということを考えることもなくただ顔を見ればしつこく話し掛けてくるのが嫌」らしい。
こればかりは単純に『相性が悪い』と言う他無いだろう。
ちなみに今まで挙げた御比、嵐、緋、日向は宵夜見の人間だが、灯は陽景の所属になっている。その上絣も陽景の所属と来たら、絣の精神的苦痛は何処へ吐き出せば良いと言うのか。灯のように夢で発散できる訳ではないので、それはまた謎である。
そんな絣に聖が何故文字を習っているのかといえば、単純な理由だ。聖には全く文字の読み書きができなかったのだ。そしてそれは、警葬監視操行部隊で任せられる仕事内容に非常に大きく響く。
……一応、聖の擁護をしておくが、決して字の読み書きができないのは珍しいことではない。貴族や政府の生まれの人間は知識として教育を受ける為に文字は分かって当然の代物だが、民衆にはそもそも学習をする環境がないのだ。民衆区だけで生まれ育っていて文字が分かるのならば、それこそ絣のような異端児である。
だが、政府はそれが分かっていながら警葬監視操行部隊に文字だらけの資料を押し付けるというのだから最高責任者の楔が資料を作成し提出し終わってから何かあった時の為にと作っておいた複製の資料を罵りながら燃やしていたのも納得というものだ。
『俺達は雑用係じゃねぇしお前ら文句言うくらいなら自分でやれよこのクソがぁぁあぁああ!!』という雄叫びと共に中庭から煙が立ち上っているのを見た時は本当に驚いた。
そんな聖が永久に「文字を覚えるにはどうすればいいか」と聞いた時、勧められたのが絣に教えてもらうことだった。確かに絣の教え方は分かりやすさで他に劣らず、聖もこの二日程で平仮名と片仮名ならば全て書ける様になり、漢字も前よりは分かる様になっている……だが。
「で、この文字だが人……人と人は支え合って生きていくからこの二本と言うが僕の持論ではこれは明らかに『支え合う』というよりは『一方的に寄り掛かっている』のだと思う。何故なら……」
情報量が、無駄に多い!!
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