第36話


「アレクは悪くないわよ!」


 クレアは立ち上がり、真剣な顔で歩み寄ってくる。


「でも、俺の商人としての実力は、リラやドルセントたちに遠く及ばないし、俺がクレアの足を引っ張っているのは事実だろ?」

「そんなことないわ!」


 クレアが、覇気漲る眼差しで俺を見つめてくる。


「アレクがいなかったらジョイントロッドもジョイントソードも生まれなかったし、量産体制も整わなかった。建国祭までにポスターを用意しようとか、あたしなら思いつかない!」


 真摯な声で断言しながら、クレアはぐぐっと俺を見上げてくる。


「あたしは魔法式を考える事しかできない。商品アイディアも製造方法も宣伝戦略もわからない。あたしの夢は、あんたがいないと、一歩も進めないのよ!」

「……クレア」


 彼女の気持ちが嬉しくて、でもだからこそ、余計に胸が苦しくなる。

 情報を制する者が商売を制する。

 情報を拡散する宣伝戦略で負けた以上、クレアが俺のために作ってくれたジョイントソードは、シアン社の魔法剣にはきっと勝てない。


 建国祭には、王都外からも人が集まる。

 王都で見たことは、地元に帰ってから土産話として語られ広まる。

 大勢が注目するあのステージで、あんな宣伝をされたら勝てない。


 魔法使いが剣士のように剣を振り回して魔法を使って、これさえあれば魔法使いでも接近戦ができるなんて言われたら、きっと国中の魔法使いが……ん? あれ?


 そこで、俺はふと気が付いた。


「ちょっと待てクレア……シアン社の宣伝文句って……」

「宣伝文句がどうかしたの?」


 疑問符を浮かべるクレアの肩を掴んで、俺は言った。


「クレア、魔法剣についてはなんとかなるかもしれない」

「本当!? どうやって!?」


 クレアも俺の肩を掴み、話に食いついてくる。


「あいつらは、宣伝で致命的なミスをした。俺らは、そこを突くんだ」


 俺はクレアに、作戦を説明した。


   ◆


 次の日の昼過ぎ。

 印刷屋に新しいポスターを発注してから、俺とクレアは広場にでかけた。


 俺は、自分の家で売っている軽装鎧を身にまとい、クレアは魔法使いらしい、ローブ姿だ。


 そして、互いの腰にはクレアが作った魔法剣、ジョイントソードを挿している。

 建国祭の出店やステージは撤去されたものの、祭りの後の寂しさはない。


 一部の出店は、売れ残り品を安く販売しているし、健国祭では場所取りができなかった、あぶれた芸人やパフォーマーが、後夜祭ならぬ後日祭とばかりに芸を披露している。


 必然的に、それが目当ての人たちが多く集まっていた。

 そこで、俺とクレアは実演宣伝をするのだ。


 幸い、場所には空きがあったので、朝一で役所に申請をすると、すぐに許可は下りた。


「さぁさぁ皆さんお立合い! これより我がヴァーミリオン社の新製品! ジョイントソードの素晴らしさをご覧に入れましょう!」


 剣士風の俺と、ローブ姿のクレアは同時に剣を抜き、構える。

 それから、軽く剣を交えた。

 打ち合わせはしていない。

 クレアは剣の素人だから、彼女の好きに攻めてもらい、それに俺が合わせる。


 彼女の剣撃を弾いて、受け流して、巧みにかわしながら、時々クレアが放ってくる氷魔法に、こちらは火炎魔法をぶつけて相殺した。


 魔法剣同士の戦いに、観客が増えてきたところで、俺は声を大にして語った。


「このように! ヴァーミリオン社のジョイントソードがあれば、剣士でも自由に魔法が使えます! もう剣と杖の二本を持つ必要なんてない! いちいち持ち帰る必要なんてない! レガリアを持つ英雄のように、剣の力で戦えるのです! しかも御覧の通り、剣は剣! 杖は魔力がなくなればただの棒ですが、こちらのジョイントソードは魔力を使い切っても剣として使えるので、鍛えていない魔法使いの人も安心です! いざとなったら接近戦もできます!」

「うおりゃあああああああ!」


 魔法使いの格好をしたクレアが、裂帛の気合を込めて剣を振り下ろしてくる。

 力入り過ぎだろお前……。


 でも、その迫真の演技?が功を奏したのか、観客は俺らに釘付けだった。


 そうして何度か実演宣伝をして、客足が落ち着いてきてから、俺らは一度休憩に入った。


 俺らが実演をやめたことで、観客が散っていくと、最後にひとり、シアン社のリラが残った。


「あんたも見てたんだ?」


 クレアが挑発的な声をかけると、リラは不敵に笑った。


「ええ、祭りが終わったあとにうちの猿真似ご苦労さんですこと」

「猿真似、ですってぇ~」


 クレアの眉が、ひくひくと痙攣する。

 リラは眼鏡の位置を直しながら、得意満面だ。


「その通りですわ。同じ魔法剣なら、より大きく、センセーショナルに宣伝した我々シアン社のが有利。今度こそ、我がシアン社の勝利ですわ」


 声に苦労を滲ませて、リラは語った。


「魔力を流すだけで魔法を使える武器、いち早くマジックアイテム業界に参入するというアイディアは、裁判で貴方がたに勝ったのが原因で多くのメーカーの参入を招き利益は分散。その後も貴方がたのレプリカシリーズやそれを模倣したマゼンタ社の商品に圧倒され、ジョイントロッドには供給量で圧し勝てるはずだったのに、魔王軍残党の征伐作戦の決行日が決まらないせいで需要が伸び悩み商品は返品……」


 こうして聞くと、シアン社って運が無いよなぁ……。

 俺もクレアも、気づけば半目のへの字口だった。

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