第35話



 幼い頃の俺は、勇者に憧れるただの少年だった。

 でも、夢はいつだって叶わないものだ。


 十歳の誕生日に、親父が神都に連れて行ってくれて、聖剣を引き抜けるか挑戦させてくれた。


 俺の手で聖剣が引き抜けて、俺の伝説が始まる瞬間を数えきれないぐらい妄想して、前日から期待で胸がはち切れそうになっていた俺の夢は、念願だった聖剣を手にして崩れ去った。


 その日、俺は自分の夢が叶わない事、自分が主人公ではないことを思い知らされた。


 十四歳になって、徴兵されて、もしかするとあるかもしれない男版シンデレラストーリーに心を躍らせた。


 聖剣なんてなくても、俺に秘められた戦いの才能が開花して、戦場で手柄を立てて出世して、英雄になって、勇者マルスと対等の関係になったりして……と。


 けれど、それも儚い夢だった。

 貴族出身のキャリア組に、便利な道具としてこき使われるだけの徴兵期間が二年も続いた。


 魔王軍四天王、究極生命体コズミックベヒーモス討伐に、囮役として連れていかれた時、味方が皆殺しに遭う中、せめて一太刀と突っ込んで、片目を潰してやったのも束の間、コズミックベヒーモスの目は一時間で再生してしまった。


 無傷で完全な状態のコズミックベヒーモスは、遅れてやってきた勇者マルスとその仲間が倒してしまった。


 魔王軍四天王筆頭ロードメイガス・ファウストを、勇者たちと連合軍が協力して討伐する任務では、ファウストの圧倒的な魔力の前に魔法兵の魔法は全てかき消され、連合軍は壊滅。


 元から魔法の使えない俺は、最前線でファウストに斬りかかった。


 そしてファウストの攻撃魔法を剣で弾こうとして、剣と鎧は砕け散り、俺は瀕死の重傷を負った。


 死にかけの俺の視線の先では、勇者マルスが聖剣でファウストの攻撃魔法を次々弾きながら接近して、見事その首を討ち取る光景が展開されていった。


 これが、聖剣に選ばれた男と選ばれなかった男の差。

 四天王討伐の祝勝会の時、壇上でスピーチをしながら、みんなからもてはやされるマルスを見上げながら思い知らされた。


 同じ年齢、同じ庶民出身で、だけど向こうは王族の末裔で、聖剣に選ばれた勇者様。


 かたや俺は、しがない武器屋の息子の町民A。

 周囲の歓声がどこか遠くに聞こえた。


 命を助けてもらったのに、俺は少しも嬉しくなかった。あの場で四天王に殺されていればよかったとすら思った。


 誰もが勝利に浮かれる中、俺は世界から隔離されたように孤独だった。

 人生の中で、あの瞬間が、どんな時よりも惨めだった。


 魔王が倒されて、兵役が終わって、実家の武器屋に帰った時、もう俺にはなんのやる気も残ってはいなかった。


 もう、一生夢なんて見ないし、辛いことに耐えて頑張る必要もない。

 そう思っていたのに……彼女は、固く閉ざした俺の心のドアを蹴破り叫んだ。


   ◆


「完全にしてやられたわ!」


 クレアの家に帰ると、リビングで彼女は荒っぽく椅子に座り、背もたれを軋ませた。


 ポチも、何かよくないことがあったのは理解しているようで、ちょっと不機嫌そうに見えた。


 俺も、自分の楽天ぶりを恥じて、奥歯を噛み締めた。

 クレアが凄腕の魔法使いなのは事実だ。


 彼女の作る商品は、いずれの超一流だ。


 でも、クレアにできるなら、同じく凄腕の魔法使いたちにだって、超一流の商品が作れてもおかしくはない。


 俺は、そのことを失念して、自分たちの勝利を疑わなかった。

 三社の製品は、いずれも圧巻だった。


 貴族が経営する老舗武器メーカー、ビリジアンは王道に、超高性能な魔法の杖を発表した。


 性能はジョイントロッドとほぼ同じでありながら、向こうはソフトの種類が三〇種類を越える多様ぶりだった。


 ジョイントロッドでは使えない魔法を使いたい消費者は、間違いなく、ビリジアンの杖に乗り換えるだろう。


 マゼンタは、小さくてコンパクトな杖を発表した。それは杖というよりも、音楽隊の指揮者が持つ指揮棒のようで、持ち運びに便利なシロモノだった。


 太くて長くてかさばるジョイントロッドと、コンパクトでスマートなマゼンタ製の杖、消費者がどちらを選ぶかは、明らかだろう。


 マゼンタに、あんな小型化技術があるとは思わなかった……。


 そして一番悔しいのは、シアン社のマジックアイテムだ。

 シアン社は、うちと同じ魔法剣を発表してきた。


 リラの横で、シアン社の社員魔法使いが魔法剣のソフトを付け替え、燃える刀身を振るったり、、雷の斬撃を飛ばしながら「これさえあれば魔法使いの人でも接近戦で戦えます」と謡った。


 あれはインパクトがあったし、会場の人々は手を叩いて賞賛していた。

 うちのチラシを地面に落としたことにも気づかず、拍手をしているのを見た時は、本当にショックだった。


 魔法剣の発表自体は、うちのほうが早かった。


 でも、ただのポスターと、ステージの上での実演宣伝じゃあ、どちらに波及力があるかは明白。しかも、発売日をうちの魔法剣の前日に設定する念の入れようだ。


 きっと、大通りでうちのポスターを見て、発売日を決めたんだろう。

 発売日を記述してしまっているポスターと違い、口頭で伝えるステージ発表は、発売日の変更が容易だ。


「クレアのマジックアイテムは負けていないよ。でも、俺が負けたんだ。宣伝方法で、完膚なきまでに……」


 三者三様ならぬ、三社三様のマジックアイテムは、どれも間違いなく売れるだろう。


 魔法の杖のシェアはビリジアンとマゼンタに、魔法剣のシェアはシアンに奪われるかもしれない。


「ごめん、クレアは最高の商品を作ってくれているのに俺のせいで……シャアを奪われるかもしれない。俺のミスだ……」

「アレクは悪くないわよ!」


 クレアは立ち上がり、真剣な顔で歩み寄ってくる。

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