第37話


 こうして聞くと、シアン社って運が無いよなぁ……。

 俺もクレアも、気づけば半目のへの字口だった。


「ですが! この度、我が社が販売する魔法剣、メイガスソードは最高の性能とお手軽な値段、そして完璧な宣伝戦略で、貴方がたヴァーミリオンに負ける要素がありません!」


 リラは、かつてない自信に溢れた声と眼差しで、断言し切ってくる。

 その瞳には、一点の曇りもない。


「性能はうちの完全勝利よ!」

「はいクレア抑えて抑えて」


 彼女がリラに飛び掛かる前に、後ろから抱き寄せて動きを封じた。

 クレアが唸り声を上げているのを鼻で笑い、リラは背中を向けた。


「では、私はこれで。貴方がたと違って多忙ですの」


 肩越しにそう言ってから、上機嫌に広場から立ち去るリラ。


「あいつ、前もああ言っていたけど、多忙な割には俺らに絡んでくるのな……」

「どうせ商会の中でも居場所がないんでしょ! 友達もいなさそうだし!」

「お前も人のこと言えないだろ」


 クレアが俺以外の人と話しているところなんて、見たことがない。

 が、触れてはいけなかったらしい。

 腕の中で唸っていたクレアの体が、みるみる熱くなっていく。


「誰がリア貧ボッチよ!」

「そこまで言ってねぇ!」


 俺の腕を振りほどき、クレアはヘッドロックをかけてきた。

 ローブ越しでも伝わってくる、豊満な弾力で、脳みそがとろけそうだった。

 痛くはないが、恥ずかしい。


 これは試合ではなくクレアの制裁。

 いくらタップをしても離してはくれなくて、そのまま、俺は気持ちよさで昇天した。


   ◆


 十月一日。

 うちのヴァーミリオンの魔法剣ジョイントソードの発売日で、シアン社の魔法剣メイガスソードの発売二日目。


 勝敗は、はっきりと分かれた。


 王都最大級の百貨店の二階。一フロア丸ごと使って武器を売っている、そこのマジックアイテムコーナーで、俺らとリラは鉢合わせした。


 約束をしていたわけじゃない。

 ただ、ここの販売状況を見れば、全体の勝敗が分かりやすいだけだ。


「考えることは、どっちも同じか」

「どうも、そうみたいですわね」

「どっちの商品が上か、白黒つけましょうか」


 俺らの間に、バチっと火花が散りそうな空気が流れた。



 

 陳列棚は、うちのジョイントソードとシアンのメイガスソードが隣り合っている。

 どちらがどれだけ売れたかは、一目瞭然だ。


 さっきから、次々と客が現れては、魔法剣を手に取り、会計カウンターへ向かっていく。


 たくましい体の人たちが、嬉しそうにジョイントソードを持っていく。

 文系風の人たちも、陳列棚に群がり、ジョイントソードとメイガスソードがみるみる減っていく。


 在庫が切れそうになって、店員が追加在庫をカートに乗せて持ってくる。

 それもまた、すぐに無くなった。

 自分たちの商品が売れていく様を見るのは、痛快であると同時に、不安もある。


 俺は宣伝戦略で負けた。

 それでも、俺には勝算があった。


 だが、勝算は勝算であり、必勝じゃない。

 頼むと、何かに希うような気持ちで、俺は陳列棚を見守った。


 やがて、昼前にジョイントソードは売り切れて、店員が入荷待ちのポップを置いた。


「ふっ、相変わらず貧弱な供給量ですこと」

「それはどうかな?」

「なんですって?」


 リラの眉間にしわが寄る。


「商品の補充回数は、俺らの方が上だ。それに、お前らのメイガスソードは、ちゃんと売り切れるのか?」


 リラは視線を、陳列棚に戻す。

 客足は落ち着いてきているが、それでも、メイガスソードが減るペースは遅い。


 俺らを潰しにかかるメイガスソードの発売は、うちより一日早い、昨日だ。それでも、昨日だけで需要を満たしてしまったとは、考えにくい。


 そして、多くの客は、俺らのジョイントソードが入荷待ちなのを目にすると、そのまま帰ってしまう。


「こ、これは……」

「じゃあ、俺らは帰るよ。多忙なんでね」


 実際、クレアは工房に戻ってソフト作りをしなくてはならない。

 リラを一人残して、俺らは工房に帰った。



 そして次の日、また次の日も、結果は同じだった。


 ジョイントソードは、入荷した分からすぐに売り切れる。在庫は発売日までに大量に用意していたから、供給力不足が原因じゃない。


 対するシアン社のメイガスソードは、毎日売れ残り、それが積み重なり、とうとう商品補充がされなくなった。


 十月五日。

 百貨店の陳列棚の前で、リラは愕然とした。


「ど、どうして……宣伝戦略では、うちが勝ったはずなのに……」


 メイガスソードが一本売れる間に、うちのジョインソードは二本か三本は売れる。

 その光景を前に、俺はクレアと一緒に説明してやった。


「その宣伝方法が、間違っていたのよ」


 リラは顔を上げ、俺らの話に注目した。

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