第24話



 三月中旬。

 ついにこの日が来た。


 俺らの新商品、ジョイントロッドの発売日だ。

 従業員を雇う計画がとん挫して、増築した二階は無用の長物と化した。


 でも、俺とクレアと親父の三人でジョイントロッドを作り続けた結果、二階は杖と魔石の在庫で溢れ返り、倉庫と化した。


 これで、どれだけ売れても、消費者を待たせることはないだろう。

 ただし、魔石を付け替える、と言われても、きっと消費者には伝わらないだろう。

 だから俺は、特別な宣伝方法を考えていた。


 兵役時代の、戦場へ向かう行軍中にも似たやる気に燃えながら、とある場所を訪れた。


 王都の大通りに面した広場。

 そこは、街が催し物を開いたり、大道芸人やパフォーマーが、役所に一定の料金を支払い、芸を披露したり興行を打つ場所だ。サーカス団も、よくここにテントを張っている。


 俺はここで、【実演販売】をするつもりだ。

 今日も大道芸人やパフォーマー、音楽家を目指す人のミニライブが行われ、見物客で賑わっている。


 中には、商品を並べ、露店を開いている行商人もいた。


 その中に交じって、俺は役所から与えられた場所に立つと、腰から新商品であるジョイントロッドを抜いた。


 そして、声を張り上げる。


「さぁさぁ皆さんお立合い! 最新のマジックアイテム! ジョイントロッドのお披露目だぜ!」


 怒号溢れる戦場を思い出しながら、俺はあらん限りの声量で呼びかける。

 舞台役者のように、両手を思い切り広げて、見物客に笑顔で目配せをした。


「この中でマジックアイテムを、魔法の杖を使っているお客様は思ったことはありませんか? 一度に何本も持つのは面倒くさい! 俺様は剣士だ! なのに腰に挿している剣は一本、杖は二本に三本四本、俺は一体何者だ!? 重いし嵩張る歩けばカチャカチャうるせぇ! 携帯するのは一本にしよう! さぁそうなると何を持っていく? 森のモンスター退治だから火炎魔法を使える杖にしよう! なのにいざ森へ言ったら水分たっぷりのスイカローパーにでくわしたからたまらねぇ! こんなことなら氷か雷魔法の杖を持ってくるんだったぜ馬鹿野郎!」


 まるで芸人のように、軽快に舌を回していく。

 練習したわけじゃない。


 兵役中、街の人たちの避難誘導をしているとき、怒鳴るよりもこうしたほうが、みんな話を聞いてくれたし伝わりやすかった。


 きっかけは、中年の先輩が「お前商人の息子ならよう、露天商の叩き売りみたいな喋り方できねーの?」と言ってくれたことだ。


 うちは露天商ではないので最初は迷惑だったけど、おかげで色々と役立ったし、今も絶賛お役立ち中だ。


 俺の口上に、見物人は笑ったり、うんうんと唸ったりしてくれる。


「そんなお悩みを一発解決! これぞマジックアイテムの生みの親、元祖マジックアイテムメーカー、我がヴァーミリオン社が送る新商品! ジョイントロッドだぁ!」


 杖を掲げながら、さらに調子よく喋る。


「なんとこちらの商品! 先端の魔石を炎や氷、雷や風に付け替え可能! 使いたい魔法の数だけ嵩張る杖なんてもういらない! 杖は一本あればあとは交換用の魔石を持つだけでOK! え? どういう意味か分からない? それは困った私が困った、これじゃ商品売れねーよ。家に帰ったら母ちゃんにす巻きにされて飯は抜かれちまう! 皆さん! 俺に恵みのパンを! 慈悲の安いスープを!」


 どっと笑いが起きる。


「じゃあもうしょうがねぇ、ここは実際使ってみせてやろうじゃないの! さぁさぁご注目! 今、先端にはまっているのは土の魔石だ。こいつに魔力をちょいと流せば」


 空に向かって、ジョイントロッドを突き出した。

 次の瞬間、杖の先端から小石が生じ、瞬きをする間に、直径二メートルはあろうかという巌に成長して、矢のように天へ放たれた。


 見物人たちの目が、丸く開かれて固まった。

 さっきまでの和やかな雰囲気は消え、心まで凍り付いているようだった。


 何故なら、運動エネルギーを位置エネルギーに変換し終えた巌が、俺ら目掛けて落下し始めたからだ。


「ここで素早く魔石をチェンジ! 今度は風の魔石だ!」


 クレアにして見せたように、俺は土の魔石を掴んで左にひねって外し、代わりに風の魔石をはめ込み、右にひねって固定した。


「落ちちゃやーよっと♪」


 杖の先端から生じた暴風が、巌の落下を止めた。

 凄まじい上昇気流に、観客たちは息を呑む。


「続けて氷の魔石」


 先端の魔石を交換して、再び落下し始めた巌に、青白い光をまとった吹雪を浴びせ、倍はあろうかという氷塊へと変える。これでは被害が拡大する。観客は小さく悲鳴を上げた。


「これはまずいね、じゃあ雷様の登場だ!」


 魔石を変えて、氷塊に轟雷を撃ち込んだ。

 氷塊は遥か上空で粉々に砕け散り、氷の粒を広場に降らせる。

 魔法で出したものはすぐに消えるので、巌はもう雲散霧消している。


 だから、あとはこの氷を何とかすれば、観客に害はない。

 最後の最後に、炎の魔石に杖の先端にはめて、俺は叫んだ。


「ラストぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 特大の火球を、比較的大きな氷塊目掛けて撃ちまくる。

 大きな氷塊はもちろん、その周囲にある細かい氷の粒も、熱気で蒸発していく。


 その光景と威力と性能に誰もが言葉を失うも、その顔には驚きと感動が浮かんでいた。

 俺は声を張り上げた。


「別売りの魔石を買えば、この杖一本で五種類の魔法が使えちゃうジョイントロッド! 杖の価格は金貨五〇枚! 魔石は一つ金貨六〇枚だ!」


 観客の中で、軍人や傭兵と思われるガタイのいい男や、ヒーラーと思われる細身の男女が囁き合う。


「おい、合わせて金貨一一〇枚なら、マゼンタのより安いぞ」

「しかも、杖を一回買ったら、後は魔石を買い足すだけでいいんだろ?」

「魔石は金貨六〇枚。マゼンタの杖買うより全然いいじゃねぇか」


 俺は心の中で、ニヤリと笑う。

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