第23話


「戦闘中でも、こうして素早く攻撃魔法の属性を変えらる。練習すれば、もっと早くなるだろうから、戦いに支障はない」


 俺が杖を差しだすと、クレアは自分でも魔石をつけ外してみる。


「へぇ、いいじゃない。にしても、あんた器用よねぇ」

「一応は武器職人のはしくれだからな。これぐらいの細工はできるよ。まぁ、そのせいで徴兵期間中も便利に使われちまったんだけどな……」


 武具の整備や修理、改良作業を押し付けられて、休む暇もなかった。

 徴兵期間中は、本当に辛かった。


「あー、あと街はずれに壊れて使われていない製粉水車小屋があったから、それ買い取って修理して魔石を全自動で粉状にできるようしといたぞ」


「あんた有能過ぎでしょ!」

「いや、これぐらいならちょっとした大工でもできるし……ツッコむようなことじゃないだろ」


 人間、自分にできないことは凄く見えるものだ。

 クレアは魔法の天才だけど、工作の専門家ではないせいか、俺のやっていることが凄い技術に思えるらしい。


「で、砕く魔石のコストってどれぐらいかかるの?」

「ん? タダだぞ?」

「はい?」


 あっけらかんと言う俺に、クレアが目を点にした。


「魔石は金出して買って仕入れているものだから。削りカスがもったいなくて、捨てずに溜めていたのがあるからな。今後も魔石を加工するたびに削りカスは出るし、魔石の粉を作るための魔石を新たに仕入れる必要はないって」

「アレクって、億万長者になっても貧乏性は変わらないのね……」


 クレアが、ちょっとジト目になる。


「商人なら当然の嗜みと言ってくれ」


 胸を張って言いきる。


「それでその水車小屋の護衛として人を雇おうと思うんだけど」

「それならポチの出番ね」


 クレアはポージングをつけながら、キメ顔で言った。


「ポチ!」

「くぅん」


 作業場の隅でお昼寝中だったポチがむっくりと起き上がり、よちよちとクレアの足元に甘えた。


 この一年で、少し大きくなった気がする。


 でも、人に飼われているせいか、甘えん坊な性格は健在で、大人の熊にはまだほど遠い。


「街はずれの川なら、近くに森があるあの辺でしょ? そこならポチの友達の狼の群れがいるはずだから、その水車小屋を群れの巣にしましょう。もちろん、あたしらは襲わないように頼んで。それなら人を雇う必要なんてないわよ」


「そんな芸当できるのかよ?」

「あたしのポチならできるわ! ポチはやれば出来る子だもの!」


 クレアはムキになって、ポチを力強く抱き締めた。ポチは嬉しそうに手足をバタつかせる。


「その根拠のない自信はどこから湧いてくるんだよ!」

「第一、人なんて雇って魔石の粉末を盗まれたらどうするのよ?」

「それは……」


 そんなことを言っていたら、いつまで経っても量産体制を整えられない。


 でも、ドルセントに裏切られたばかりのせいか、少し人間不信になっているようだ。


 俺も、クレアにそう言われると、不安になる。

 技術の流出。

 従業員の裏切り。

 企業スパイ。


 親しい仲間内で行う友人経営や、家族経営でも防ぎ切れないこれらの問題は、商売における永遠のテーマだろう。


「分かったよ。でも、ポチに狼たちの説得なんて、本当にできるのか?」


 クレアはドヤ顔で語る。


「何言っているのよ。ポチも狼も同じイヌ科。やってやれないことはないわ!」

「だから熊ぁ!」


 やっぱり、今日もツッコむのは俺だった。



 二月中旬になると、ポチの説得で森の狼たちが水車小屋に住み着いた(解せぬ)。


 旋盤のおかげで俺の作業は簡略化され、空いた時間で馬車を走らせ、水車小屋まで行って、魔石の粉末を取りに行くようになった。


 その旋盤もさらに改良して、クランクを腕で回すのではなく、サーカス団の一輪車をヒントに、足で車輪を回し、その回転運動を旋盤に伝える機構を開発した。


 椅子に座り、腕よりもずっと力強い脚力でペダルを漕ぐと、同時に六つの旋盤が駆動して、みるみる霊木を円柱状に仕上げてくれる。


 世間ではドルセントの立ち上げたマゼンタ社のマジックアイテムが好評で、他のメーカーは苦杯をなめているようだ。


 今では、国中にマゼンタ社の名前が轟き、多くのヒーラーや衛兵、傭兵がマゼンタ社のマジックアイテムを携帯している。


 街中でそうした光景を見るごとに、悔しさで奥歯に力が入るが耐え抜いた。

 今はまだ我慢のしどころ。

 これからマゼンタに、いや、ドルセントに目に物を見せてやるんだ。



 二月下旬。

 最新の魔法式が、ついにクレアの満足するクオリティに達した。

 それでも、まだ売らない。


 在庫を大量に確保して、売り切れなんて起こさず、マゼンタ社のシェアを一気に奪えるよう、準備を整えるんだ。


 これには、母さんと親父が全面的に協力してくれた。

 店番は母さんが務め、親父は毎日、俺と交代で杖を作ってくれた。


 旋盤を動かすペダルを漕いで、足が疲れたら交代して、円柱状になった霊木に細かい彫刻を施したり、ジョイント部分の細工を作る。


 作業効率は二倍になるかと思ったけど、流石は親父。

 円柱状の霊木に細工を施すスピードは、俺の比じゃない。


 まるで人間工作機械だ。


 そしてクレアが魔法式を組み込むスピードも倍化した。

 今までは全ての魔法式を魔石一つ一つに組み込んでいたが、共通部分は杖に組み込めばいいので、魔石には固有部分だけを組み込めばいい。

 そして、とある理由によって、今後、この効率はさらに上がることになるのだ。




 三月中旬。

 ついにこの日が来た。

 俺らの新商品、ジョイントロッドの発売日だ。

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