第25話
「おい、合わせて金貨一一〇枚なら、マゼンタのより安いぞ」
「しかも、杖を一回買ったら、後は魔石を買い足すだけでいいんだろ?」
「魔石は金貨六〇枚。マゼンタの杖買うより全然いいじゃねぇか」
俺は心の中で、ニヤリと笑う。
「まぁ流石にこの場で金貨を何十枚も持っている人はいないでしょう。今日は実演販売のつもりでしたが大丈夫。こちらの商品、既に我がヴァーミリオン社で販売を始めています! お店の場所は王都郊外の〇×区、□△通り、太陽のマークが目印です! 分割払いもOKです!」
うちの店は、店名をヴァーミリオンに変えていた。
これは親父のほうから言い出したことで、別段、元の店名にこだわりがあるわけではなかったらしい。
というか、元から馴染みの客も店の名前なんて誰も呼んでいなくて、みんな「親父さんとこの店」としか呼んでいない。
ならばと、思い切ってヴァーミリオンに変えたというわけだ。
一部の見物客は、急いで広場から離れていく。
きっと、銀行に金を下ろしに行ったんだろう。
この日、俺は同じパフォーマンスを三〇回以上も繰り返した。
魔法使いではない俺の魔力では少しキツかったけれど、魔力を使い切っては休憩して、三〇分から小一時間程度休んで回復してきたら、またパフォーマンスを再開した。
その日の夜。
店に帰ってみれば、笑顔の親父と母さんが出迎えてくれた。
ジョイントロッドは、レプリカシリーズを越える人気だったらしく、用意した在庫を一気に消化したらしい。
このペースだと、数日で在庫切れを起こすとのことだ。
想定内だ。
このペースだと、数日で在庫切れを起こす。
また、消費者を待たせることになる。
今までのマジックアイテムなら、そうなっただろう。
でも、今回は今までの商品とは違い、供給不足対策をしている。
だから、今回は大丈夫……な、はずだ。
そうやって俺が難しい顔をしていると、親父と母さんが口を開いた。
「おいアレク、こっちはもういいから、クレアのところに行ってやれ」
「そうだよ。あの子、あんたの帰りをずっと待っているんだから」
二人とも、偉く真剣な表情だった。
意味は分かる。
親父も母さんも、俺の気持ちは察しているし、クレアに、そういうことを期待しているんだろう。
「お、おう。そうだな」
俺は、素直にクレアの家を目指した。
すぐ隣の家のドアをノックすると、ポチを抱きかかえたクレアが顔を出し、ほんのりと赤く染まった、愛らしい表情で迎えてくれた。
「おかえりアレク。ご飯の準備、できてるわよ」
「……た、ただいま」
なんだか、こっちが俺の家みたいだな。
甘い新婚生活をシミュレーションしているような錯覚がして、俺の心臓は熱く高鳴った。
◆
三月下旬。
結論から言えば、王都において、マゼンタ社のマジックアイテムは売れなくなった。
理由は、広場の見物人が言った通り。
マゼンタ社の杖一本よりも、ジョイントロッドの杖と魔石をセットで買ったほうが安い。
それでいて、性能はジョイントロッドの方が上。
しかも、マゼンタ社を含めた、他社の製品は三種類の攻撃魔法を使うには三本の杖を買わないといけないのに対して、こちらは杖、厳密にはシャフトを一本買えば、あとは魔石部分だけを買えばいい。
消費者の心理は、大きくこちらに傾く。
経済的に余裕のない人も、「とりあえずシャフトだけ買っておいて、魔石はおいおい買い揃えればいいや」と考えて、シャフトだけ買っていく。そして、のちに魔石を買ってくれるいいお客様になるのだ。
マゼンタ社の天下は一月中旬から三月の中旬まで。
たった二か月の、短い天下だった。
それに、俺の試算では、おそらくマゼンタ社は、莫大と呼べるような利益は手にしていない。
というのも、マゼンタ社を経営するドルセントは、大量生産の為に、膨大な人数の従業員を雇ったはずだからだ。
有能な職人や魔法使いは、既に他のメーカーが囲っている。
なら、ドルセントは囲われていない、二流の職人と魔法使いを大量に雇い、大量生産に対応しているはずだ。
クレアのような超天才なら、一人で一日四〇本、五〇本のマジックアイテムに魔法式を組み込むこともできるだろう。
でも、二流の魔法使いでは、一日五本作れるかも怪しい。
大量の従業員は大量の人件費を生み、それは利益から引かれる。
それだけの従業員が働く工場を用意するのにも、かなりの初期投資が必要だ。
事業を展開して得た最初の利益の多くは、初期投資の穴埋めに使われるはず。
初期投資分を稼いで、初めて利益は純利益と呼べる。
二か月の天下で、果たしてドルセントはどれだけの純利益を手にしたのか。
そして、商品が売れなくなっても、従業員の給料は毎月発生するのである。
ドルセントの敗因はたった一つ。
稀代の天才、クレア・ヴァーミリオンを敵に回したことだ。
四月上旬。
ジョイントロッドは、安定して売れ続けた。
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