第18話
十二月二十五日。
ついにノルマの三〇〇〇本を達成。
職人と魔法使いの契約期間は年末までなので、以降はうちの店に並べるための在庫を作り続けた。
それでも、仕事は十二月三〇日でやめて、大晦日は暇をあげた。みんなも、年末にはゆっくりしたいだろう。
それに、彼らはもしかしたらうちで働いてくれるかもしれない人材だ。
ブラックな職場だとは思われたくない。
俺の気持ちが伝わったのか、別れ際、賃金を払う時に、残れる人は来年以降もここで働いて欲しいとお願いをすると、みんな、悪い顔はしなかった。
今、働いている職場があるから、すぐには返事をできない。
仕事の引継ぎもあるから、決まったら連絡をする、そう言ってくれた。
そして迎えた新年、一月一日の昼前。
マクーン商会の荷馬車十台が、うちの店の裏手に停車した。
裏口から入ってきたロバートさんは、帽子を脱いで、白髪交じりの頭を見せて笑う。
「連絡は受けていますよアレクさん。在庫は間に合ったそうですね」
「はい、各種六〇〇本ずつ、計三〇〇〇本、お確かめください」
荷馬車から降りてきた男たちが、俺の前に大白金貨の詰まった箱を置いてから、うちの木箱を開け、中の商品を確かめていく。
「大白金貨六〇〇〇枚です。どうぞ、お収め下さい」
「では、私も」
言って、俺は大白金貨の数を数える。
二〇枚一組の、木製コインホルダーが、三〇〇個入っているはずだ。
その間に、ロバートさんが、あごを撫でながら感嘆の声を漏らした。
「それにしても、よく間に合いましたね」
「運よく手伝ってくれる職人が見つかりまして、なんとか間に合いました」
「それは運がいい。それで、クレアさんは?」
「彼女なら、家で新年会の用意をしていますよ。うちの店も今日は休みなんで、俺もこの後クレアの家に行く予定です。ロバートさんは、元旦から仕事なんて立派ですね」
「はっはっ、商人に休日祝日は関係ありませんよ。むしろ、休日祝日こそがかき入れ時ですから。その代わり、何でもない平日に休暇を頂けます。皆が忙しくしている時に過ごす優雅なひと時は、至福の時間ですよ」
ロバートさんの顔が、悪戯っぽく笑う。
「それは羨ましい」
大白金貨の数を数え終わった俺も笑顔を返すと、男たちの検品が終わった。
ロバートさんは別れの挨拶をすると、帽子を被り、荷馬車に乗って走り去って行った。
外まで見送り、荷馬車が見えなくなるまで手を振った俺は、大きく息を吐きだした。
これで、ようやく肩の荷が下りた。
大手のマクーン商会は、明日からレプリカシリーズを全国で売りさばいてくれるだろう。
そうすれば、ヴァーミリオンの名前は、国中に轟くし、レプリカシリーズの需要は国中に広がるだろう。
じゃあ、クレアの家に行くか。
そう思って振り返ると、可愛い鳴き声が聞こえてくる。
「クゥンクゥン」
正面玄関のほうから、ポチが歩いてくる。
小さな足でよちよち歩いて、俺の姿を見つけると、嬉しそうに後ろ足で立ち上がり、トコトコと歩み寄ってくる。
その姿は、まるきり生きたぬいぐるみだ。
子供に見つかれば、間違いなくさらわれるだろう。
あまりに愛くるしい光景に、つい口元が緩んだ。
「迎えに来てくれたのか?」
ポチは俺のスネにじゃれつきながら、口をあぐあぐと動かし甘噛みをしようとしてくる。
「じゃ、一緒に行くか」
ふわふわのポチを抱き上げると、俺はすぐ隣の、クレアの家を目指した。
◆
一月中旬。
レプリカシリーズは相変わらず大好評だった。
ドルセントさんの紹介してくれた人たちと作った余分な在庫は一週間と経たずに完売。
またもや予約は一か月先までいっぱいになった。
街中を歩けば、道行くヒーラー風の人たちは手にレプリカシリーズを握り、鎧を身に着けた衛兵や傭兵まで、剣とは逆の腰に、レプリカシリーズを挿している。
その光景を、クレアと二人で喜んだ。
ロバートさんからの手紙だと、レプリカシリーズは全国の店舗で、二日と経たずに完売したらしい。
これは近い将来、また、マクーン商会から卸売りの依頼があるかもしれない。
本格的な量産体制を整えるべく、俺は工務店に、工房の建て増しを依頼した。
店の上に、二階を作る。
今日も朝から、大勢の大工が集まり、レンガを運び、木材を加工していく。
二階の骨組み、柱や梁はもう完成済みだ。
その様子を二人で見上げていると、クレアが感嘆の声を漏らした。
「もうあんなに出来ているんだ。仕事早いわねぇ……」
「大工を大勢雇ったからな。いつまでもうるさいと一階の客に迷惑だし。工期は短い方がいい」
その代わり、料金は多めに支払うことになった。
工賃で、一番最初にクレアからアイディア料だと言われて貰った金貨五〇〇枚の多くが消えた。
その甲斐あって、予定では、半月もかからない。
「これからは賑やかになりそうね。二人で作業していたのが懐かしくなっちゃう」
それは俺も同じだ。
これまでは、それぞれの家で作業をしてきたけど、二人でどちらかの家で作業をすることも多かった。
ヴァーミリオンは、俺とクレアの、二人っきりのメーカーだった。
俺らの夢を叶えるためには、人を雇うのは必須だけど、なんだか、二人だけの空間が壊れてしまう気がして、少し寂しい。
「何人残ってくれるか分からないけど、あの十一人がみんな残ってくれたら、誰がここで働くの?」
「全員だよ。うちは店の奥が工房になってて、一階部分は店と工房が半々。その上に二階を増築する。二階はまるごと工房だから、単純計算でも工房の広さは今までの三倍だ。ここで、霊木と魔石の加工、それから、魔石に魔法式を組み込む作業まで一貫して行う」
「あれ? じゃあ、あたしの家は?」
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