第17話
次の日の十二月一日。
ドルセントさんが連れてきたのは、霊木を杖の形に、厳密にシャフト部分の形に削る木工職人と、魔石を加工する魔石職人が四人ずつ。それに、研究職の魔法使い三人だった。
魔法使いの二人は、魔法学校を優秀な成績で卒業したものの、体力がなく荒事が嫌いなので、魔法兵にはならず、魔法研究所の助手を務めているらしい。
今回は、ドルセントさんの紹介で、研究所には一か月の年末休暇を貰ったとのこと。
俺が契約書にサインをすると、ドルセントさんはホクホク顔で帰っていった。
「じゃあ、これからうちで作っている魔法の杖の作り方を教えるんで、まずは俺らの作業を見てくれ」
職人と魔法使いたちは年上だけど、こちらは雇い主なので、あえて敬語は使わない。
それでも、みんな文句を言わずに頷くと、行儀よくその場に座ってくれた。
ドルセントさんが紹介してくれた職人の腕前は一流だった。
俺が霊木を削る様子を数本見せると、それだけで理解したらしく、作業に取り掛かった。俺を含めてちょうど五人いるので、五種類の杖を、それぞれ担当してもらう。
すると、誰が何本仕上げたのかが分かりやすく、競争心に火がついたのか、四人とも一心不乱に仕事を始めた。
それは魔石職人も同じで、クレアの作業を何度か見ると、すぐに作業に取り掛かった。
ただし、魔方式を組み込む魔法使いたちだけは、作業効率が悪かった。
いや、決して劣等生というわけではなく……。
「ま、まさかこんな方法があったなんて……」
「確かに、これなら魔法式を大幅に短縮できますね……」
「天才かよ……」
魔法のことは知らないが、三人ともクレアの考えた魔法式に舌を巻いていた。
続けて、魔法式を魔石に組み込む過程を見学している様子だけど、完全に言葉を失っていた。
まぁ、それはそうだろう。
魔法式は、頭の中で組んで、魔法を発動させる。
それを、魔石の中に組み込むなんて、今まで誰も考えなかった。
例えるなら、文字を知らず、伝えたいことは頭で暗記したり口で話して伝言を頼むしかなかった文化圏の人に、文字で書いた本や手紙という発明を見せるようなものだ。
魔法使いは魔法式にも、魔法式を魔石に組み込むことにも驚愕しっぱなしだった。
でも、他のメーカーが囲った魔法使いはこれをやっているわけで、あの三人が囲われていない理由がなんとなく分かった。
あの三人は、秀才ではあっても天才ではないのだろう。
魔石に魔法式を組み込む作業だけは、少し時間がかかりそうだった。
十二月中旬。
霊木と魔石の加工は、一日六〇本分のペースで進んだ。この調子なら、余裕で間に合うだろう。
少し危ないのは魔法式の組み込みで、俺はあらためてクレアの凄まじさ、天才性を思い知らされた。
三人の魔法使いは、魔法学校を優秀な成績で卒業した秀才のはずだった。
俺らの利益の二パーセントを貰う以上、ドルセントさんも、優秀な人材を紹介してくれたのだろう。
それでもなお、三人は半月経っても三人合わせて一日十五個の魔石に魔法式を組み込むのがやっとだった。
おかげで、クレアは前よりは休めているものの、忙しいことには変わりなかった。
クレアの家は、全員で作業をするには手狭なので、霊木と魔石を加工する八人は、俺の店の工房で作業をしてもらっている。
そうして、彼らが仕上げた霊木と魔石を詰め込んだ箱を持ってクレアの家を訪ねると。
「もっと早く! あんたら魔法学校で表彰されたことあるんでしょ! 独学のあたしに負けて悔しくないの!?」
「え!? 独学なんですか!?」
「クレアさん何者ですか!?」
「姐さんマジぱねぇっっす!」
「当たり前でしょ! あたしこそは世界最高の天才魔法使いにして世界を変える革命者、クレア・ヴァーミリオン様よ!」
三人は一斉に拍手をした。
「ほら手を止めない!」
「「「すいません!」」」
三人は謝り、すぐに作業に戻る。
「ほい、あたしは二〇個目終了。三〇分仮眠取ってくるわ」
「「「お疲れ様です!」」」
三人の息はぴったりだった。
「おうクレア、このペースなら、なんとか間に合いそうだな」
木箱を床に置いてから、俺は作業場から出ていこうとするクレアを呼び止める。
「そうね。みんなが来てくれなかったらと思うとゾッとするわ」
クレアは肩をすくめて舌を出し、おどけて見せた。
「だな」
ドルセントさんが紹介してくれた十一人の、一生懸命な作業態度を眺めながら、俺は呟く。
「なぁクレア……マクーン商会との取引が終わったら、みんなの中で残れる人がいないか聞いてみてもいいかな?」
真面目な声で提案する。
「俺らのマジックアイテムで世界を変えるには、前にも言った通り、本格的に卸売業を始める必要がある。そのためには、やっぱりうちの工房を増築して、人を雇って、大量生産体制を整えるのが必須だ。今までは、職人や魔法使いは他のメーカーに囲われたり、業界の需要がどうなるか分からなかったけどさ、俺らのレプリカシリーズの需要は高いし、この人たちなら真剣に仕事をしてくれると思う」
少しの間を置いてから、クレアは頷いてくれた。
「うん、あたしも、同じこと考えていた。じゃあ、交渉は頼んだわよ。あたしは、ポチと一緒に寝てくるから」
そう言って、いつの間にか足もとにすり寄っていたポチ抱き上げて、クレアは作業場を後にした。
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