第16話


「どうも、わたくし、投資家のドルセントと申すものです」


 客間で待っていたのは、小さな眼鏡をかけた、小太りの中年男性だった。

 貴族が着るような、上等なスーツに身を包んだ風体から、羽振りの良さがうかがえる。


「失礼ですが、マクーン商会との取引をどこで?」


「はっはっはっ、投資家の情報網を甘く見てはいけませんよ。なぁんて、ただ、マクーン商会に務めている友人から酒の席で聞いただけです」


 自慢げな顔をコロリと変えて、ドルセントさんは人懐っこい笑みを浮かべ、恥ずかしそうに頭をかいた。


「わたくしが今日来たのは他でもない、貴方がたに投資をさせて欲しいのです」

「投資、ですか?」


 馴染みのない単語に、俺はつい聞き返した。

 商人と言っても、うちは王都郊外でひっそりと営業している、しがない武器屋だ。


 俺と親父が作った武具や、馴染みの職人から仕入れた武具を店頭に並べて売るだけ。【投資】なんていう上級者向けの世界には縁がない。

 それでも、ナメられないよう、毅然とした態度を作る。


「ですが、うちは投資を受けるほど金には困っていませんよ」


 マジックアイテムそのものはバカ売れなので、むしろかなり稼いでいる。


「いえいえ、融資だけが投資ではありません。例えば、人材を紹介するというのはどうでしょうか?」

「人材」


 その単語には、強烈に惹きつけられた。

 何せ、俺らはその人材こそが足りていないのだ。


「聞いたところによると、ヴァーミリオンは、貴方がた二人だけで経営しているとか」


 ドルセントさんは、ぐいっと身を乗り出し、俺らを見上げてきた。


「お二人で来年までにレプリカシリーズを三〇〇〇本、作業は順調ですかな?」


 小さな眼鏡の奥で、小粒な目が細くなる。

 人懐っこい笑みから一転。その顔は、策を巡らせ相手の腹を探る、まさに投資家のソレだった。


「えぇ、残念ながら、作業は順調とは言えません」


 ここは素直に認めておく。

 変な強がりを言っても、仕方ないだろう。

 ただし、あまり前のめりになりすぎても、足もとを見られる。


「ふふふ、それは大変だ。しかし、わたくしの人脈を使えば、すぐにでも職人と腕のいい魔法使いを集められますよ?」


 俺は、毅然とした態度を崩さない。


「それを、我々に?」

「ええ。その代わり、彼らにはそちらから賃金を払っていただき、マクーン商会との取引で発生した利益の五パーセントを頂きたいのです」

「五パーセント、ですか?」


 俺は声を硬くした。

 その一方で、ドルセントさんは声をはずませた。


「ええ。高すぎとは思いませんよ。私が人材を紹介しなければ、マクーン商会との取引そのものがオジャン。そうなれば貴方がたの利益はゼロ。いや、むしろ大商会マクーンの信頼を失うのですから、大損でしょう?」


「まぁ、それはそうですが……」


 それでも、今回の取引の利益の五パーセントなら、それだけで金貨数万枚になる。

 人一人が一生遊んで暮らせる額だ。

 それを、この男はただ人材を紹介しただけで寄越せと言うのだ。


「…………」


 疲れた頭で、必死に考える。

 本当にそうか? 何か裏はないか?


「まっ、これも未来への投資だと思って下さい。わたくしに利益の五パーセントを投資して頂ければ、貴方がたは莫大な利益とマクーン商会からの信頼、そして知名度を全国的に上げられるのです。悪い話ではないでしょう」


 ドルセントさんの話に嘘はない。筋は通っている。

 何よりも、俺ら求めているのは利益じゃない。


 魔法を庶民の手に下ろす。

 マジックアイテムを普及させる。


 そのためには、ヴァーミリオンの名前を全国に宣伝する必要がある。

 今、優先すべきはマクーン商会との取引を成功させることだ。

 なら、利益の五パーセント程度、安いものだ。


 けど…………。

 苦悩で、体が石のように硬くなる。

 緊張で息を呑んでから、俺は口を開いた。


「利益の二パーセント。それでならお受けしましょう」


 いきなり、要求の半額以下に値切った。

 隣でクレアが目を丸くする。

 ドルセントさんは目を細めた。


「ほほう。金貨数万枚を惜しんで、金貨数十万枚の取引を棒に振るおつもりですかな?」


 冷たい声音。

 でも、俺は敢然と否定した。


「いいえ。どれだけ助かろうと、人材紹介は人材紹介。それに金貨数万枚を支払ったと言う前例を作るのは、将来に禍根を残す。そこまで金をかけるなら、一か月働くだけで金貨千枚を払うと求人を出す方がいい。たとえ他のメーカーで働いている人でも、喜んで飛びつくでしょう。ドルセントさんは言いましたね『未来への投資』と。投資とは未来を見据えて行うもの。なら、私は未来を見据えて言わせて頂きます。利益の二パーセントを貴方に投資する。だから、人材を紹介して下さい」


 俺とドルセントさん。

 互いの視線がぶつかり合い、客間の空気が一気に張り詰めた。

 その数秒後。


「はっはっはっ。お若いのに剛毅なお方だ」


 笑いながら、ドルセントさんは椅子の背もたれを軋ませた。

 客間の空気が緩んで、クレアが息をついた。

 疲労のせいか、彼女らしくもなく、緊張していたらしい。


「いいでしょう。利益の二パーセント、その額でお受けします」


 その一方で、俺は緊張を解けず、油断なく、身構えていた。


「ありがとうございます」

「いえいえ、商談に値切りはつきもの。わたくしとしても、最初から五パーセントで通るとは思っていませんでした。お若いので、もしかしたら、という期待もありましたが、いい意味で裏切られましたよ」


 小さな眼鏡の位置を直しながら、ドルセントさんは満足げに語りだす。


「若い経営者というものは、相手の要求を呑んでしまいがちですが、貴方は違うようだ。貴方のように商才溢れる人物と、こうしてパイプを持てたことが、最大の収穫ですな」


「褒めないでください。調子に乗りますから」


 事実、褒められてもあまり嬉しくない。

 顔も体も、まだガチガチだ。


「では明日、契約書と職人たちを連れてきますので。今後とも、何卒」


 ドルセントさんは、にこやかな笑みで握手を求めてきた。

 俺も左手を差し出すけれど、彼の手を握ることを、一瞬ためらった。


 どうやら、まだ何か裏があるのではないかと思っているらしい。

 すると、ドルセントさんのほうから俺の手を握りしめ、力強く、ぶんぶんと振ってきた。


「ではクレアさんも」


 ドルセントさんが右手を差し出し、クレアとも握手を求めると、俺は反射的に自分の右手でその手をつかんだ。


 必然、俺は両腕をクロスさせた、ヘンテコな姿で、両手握手をすることになった。


「愛されてますなぁ」


 ドルセントさんは、太った体を小刻みにくねらせて茶化した。

 事実、クレアが他の男と握手するのに抵抗があった。


 醜い嫉妬心や独占欲と言われたら、否定できない。

 意味を察したクレアが赤くなる。可愛い。


「では、わたくしはこれで、ではではでは~~」


 体は重そうなのに、ドルセントさんは実に軽い足取りで部屋を出て行った。


「あらドルセントさん、もうお帰りになるんですか? せっかく紅茶を淹れたのに」

「おぉ、これはどうも、では一杯」ごくんごくん「うん、うまい。ではこれにして失礼。あと奥さん、客間には入らない方がいいですよ。二人っきりにしてあげて下さい」

「え、そうなんですか? あらあら、孫の顔が見れちゃう」


 母さんのせいで噴きかけた。鼻血を。

 玄関へ向かっていく、二人分の足音がする。


 後に残された俺らは、何も言わず、立ち尽くしていた。

 でも、今は立ち尽くす時間も惜しい。


「作業、戻るぞ」


 クレアの手をつかんで引っ張ると、彼女の手が一瞬硬くなる。


「う、うん」


 でも、その後は子猫のようにおとなしくついてきてくれた。

 彼女と気持ちが通じ合っているようで、作業場に戻るまでの十数秒が凄く幸せだった。

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