第15話


 ロバートさんが帰ってから、俺らは最後の晩餐とばかりに食べかけだったスイーツを平らげると、速攻でレプリカシリーズの製作に取り掛かった。


 まず、十月の予約分を作らなければ、マクーン商会の仕事に取り掛かれない。


 店は親父に任せて、俺らはクレアの家に泊まり込み、レプリカシリーズを作り続ける日々を送った。


 それから、十一月以降の予約は全部断った。


 店に置くのも二日に一度だけ。それも、在庫の数はぐんと減らした。


 本当は、店頭には一切置かず、全てマクーン商会に回したいけど、それだと消費者からの信用を失う。


 さすがに、二か月もの間、常に在庫ゼロの状態が続けば、消費者はみんな「アレクの店に行ってもどうせ売っていない」とうちを見放すだろう。


 そうなれば、マクーン商会との取引が終わった後が恐ろしい。


 一日三〇本作っていたレプリカシリーズを、一日四〇本以上も作り続けて、十月の下旬頃には、予約分を作り終えることができた。

 あとは、マクーン商会の仕事に専念できる。

 

 十一月中旬。


 俺は朝起きると霊木を削り、母さんが食事を持って来てくれるとそれを食べ、また霊木を削る。これを深夜まで繰り返していた。


 家事は、うちの母さんがやってくれた。


 おかげで、風呂、飯、トイレ以外の、全ての時間を作業時間に充てられた。


 とはいっても、そのトイレに行く時間も惜しいので、利尿作用があるお茶類は厳禁。


 風呂は十日に一度しか入らなかった。


 クレアも俺と同じ生活だったけど、母さんが嫁入り前の女の子だからと、休憩がてら、三日に一度は風呂に入れた。


 クレアは風呂の中で泥のように眠り、母さんに体を洗われているらしい。


 普段ならその光景を妄想して、男性由来の欲望が下半身で蠕動しそうなものだが、霊木を削っていると驚くほど無心になれた。むしろ、妄想しないよう、無心になって霊木を削り続けた。

 

 話は変わるが、親父が客から聞いた話によると、他のメーカーもレプリカシリーズを真似て、レガリアの名前をつけたマジックアイテムを発売したらしい。

 でも、その商品名を聞いても、俺は動じなかった。


 十一月下旬。

 また親父が、客から噂話を集めてくれた。


 他のメーカーが発売した、レガリアのレプリカは不評らしい。


 というのも、名前負けが酷いからだ。


 うちの商品は高性能だけど、それでも本物のレガリア、英雄的な大魔法使いが使う伝説の武器には遠く及ばない。


 だから俺は、レガリアの中でも比較的劣る、中級程度のレガリアの名前を付けた。


 なのに、他のメーカーは、それこそ神の名を冠した、超一級品のレガリアの名前をつけたようだ。


 考えてもみて欲しい。


 嵐を巻き起こす風神の名前を冠する伝説の杖と同じ名前なのに、低級風魔法しか使えない杖に、人はどんな印象を受けるだろうか。


 まして、それを人前で使えば、どう思われるだろう。


 雷神ゼウスの杖レプリカから、しょぼい雷球を放つ横で、雷獣鵺の杖レプリカから轟雷を放たれれば、どんな気持ちになるだろう。周囲にどう見られるだろう。


 他メーカーのマジックアイテムを買った人は、期待外れの性能に怒りを覚えるし、恥ずかしくて外では使えないだろう。


 不評なのも、頷ける。


 そうなると、必然的に俺らのレプリカシリーズの需要は高まる。


 親父の話では、二日に数本しか陳列しないレプリカシリーズを求めて、毎朝開店前から客が並んでいるらしい。


 買いそびれた人には、新年から従来の陳列量に戻るから待って欲しいと、頭を下げて納得してもらっているようだ。


 母さんだけでなく、親父にも深く感謝した。


 同時に、マクーン商会との取引を、必ず成功させねば、という使命感と焦燥感が湧いてきた。


 それでも、作業は終わらない。


 最初は一日四〇本以上のペースで作れていたものの、俺もクレアもだんだん疲れが溜まってきて、能率は徐々に落ちて、一日に四〇本、作れるかどうか、というところまで下がっていた。


 とうとう明日は十二月だと言うのに、ノルマはまだ一五〇〇本以上もある。

 このままでは、確実に間に合わない。


 やっぱり無理だったのか。

 受けるべきではなかったのか。


 ノミや彫刻刀を手に霊木を削りながら、そんな考えが頭をよぎった。

 かといって、クレアを責める気なんて無い。


 最終的に、俺だって同意した。

 なら、あれは俺の選択でもある。


「…………」


 傍らのクレアを見れば、彼女は一心不乱に、魔石に魔法式を組み込んでいた。


 作業台の魔石に両手をかざし、魔力を注入する。魔石はクレアの魔力に反応して、煌々と光り輝いている。


 目の下にくまを作り、必死の形相で魔石と向かい合うクレアを見ていると、まるで魔石の輝きが、彼女の命のようにも見えた。


 消耗しきった体に鞭打ち、魔石を作り続けるクレアは、文字通り、命を削って作業を続けている。


 彼女の目は死んでいない。

 彼女は少しも諦めていない。

 なら、俺が諦めるわけにはいかない。


「ッッ」


 手を休めることなく、俺は打開策を考えた。

 そこへ、不意に作業場のドアが開いた。


「アレク、クレアちゃん、あんたらにお客さんだよ。投資家のドルセントって人」

「母さん、悪いけど今、忙しいから帰って貰って」


 今は、一分一秒が惜しかった。


「でも、マクーン商会との取引について話があるって言っているよ」


 母さんの言葉に、俺とクレアはしばらくぶりに顔を上げた。

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