第14話


 尋ねてきたのは、マクーン商会のバイヤーを務める、ロバートという白髪交じりの男性だった。


 クレアの家の客間で、椅子に腰を下ろし、テーブル越しに俺らと向かい合う。


「我がマクーン商会は、以前から御社のマジックアイテムに注目しておりました」


 穏やかな声音で、ロバートさんは切り出してくる。


「今では、多くのメーカーや商会が、参入しているマジックアイテム産業ですが、我々はマジックアイテムについては素人だ。それに、我が商会の方針で、いわゆる自社ブランド製造には軽々しく手を付けないのです。理由は、分かりますかな?」


 人を試すような口ぶり。

 普段なら癪に障るところだろう。

 でも、向こうはベテランの商人だ。


 俺みたいな、十代半ばの若造の腕前を計るのは、むしろ当然だろう。


 で、マクーン商会が自社ブランド製造に手を付けない理由か……つまり、リスクがあるってことだよな? 自社ブランドにリスクがあるとすれば……あ。


「商会自身が工場や農場を抱えると、リスクが大きいからでしょう。商品の価値が暴落したとき、独自の生産ラインを持っていると、損失は計り知れません。しかし、商品を仕入れるだけなら、取引をやめればいい」


 理路整然とした答えに、ロバートさんは口角を上げた。


「その通り。では、商談に入りましょう」


 取引には信用が必須だ。

 どうやら俺は、ロバートさんから信用に足る人物と評価してもらえたらしい。

 この場で考えて出した答えだったけど、正解してよかった。


「では、単刀直入に申し上げましょう。本日発売したレプリカシリーズ五種類を、我が商会に卸して頂きたいのです。卸値は、一本あたり金貨二〇〇枚でどうでしょう?」


「そんなに高く仕入れて良いのですか?」

「ええ、貴方がたの商品は、王都でしか売っていない。だが、我々は全国に支店を持っている」


「ああ、そういうことですか。確かに、地方の人は、わざわざ王都まで買いに来る手間を考えれば、高くても地元で買いますね」

「ええ、その代わり、来年までは他の商会と取引をせず、うちとの独占契約を結んでいただきたい」


「来年まで? 今年はあと三か月もありませんよ?」

「レプリカシリーズを、正月商戦で売りたいのです。そのとき、マクーン商会の店でしか手に入らなければ、客は殺到するでしょう」


「金貨二〇〇枚という破格の値段には、独占契約金も含まれている、ということですね?」

「理解が早くて助かる」


 ロバートさんの浮かべる笑みが、深みを増す。


「それでどうでしょうか? 我が商会に、レプリカシリーズを卸して頂けますか?」

「そうですね……」


 隣に座るクレアへ、目配せをする。

 クレアは、じっと俺の顔を見上げていた。

 まるで、答えを求めるように。


 なるほど、交渉は俺が主導するわけか。

 クレアは乱暴だけど頭はいい。


 ビジネスパートナーでアイディアマンの俺の判断を聞いて、自分はサポート、そんな役割を考えているのかもしれない。なら……。


「俺らのヴァーミリオンは武器屋ではなく武器メーカーで、今後は卸売りをしていくつもりなんです。なので我が社としては構いません。クレアはどうだ?」

「ええ、あたしも問題ないわよ」


 俺らが承諾すると、ロバートさんは、満足そうに頷いた。


「それは助かります。では、レプリカシリーズを一種類につき六〇〇本、計三〇〇〇本を、来年の一月一日までに用意できますかな?」


 三〇〇〇!?

 口に出すのを抑えるのに、必死だった。

 ヴァーミリオンは、俺とクレアの二人だけで営む零細企業。


 十月中は予約分を作らないといけないから、十一月と十二月の二か月で三〇〇〇本の在庫を用意しなくてはいけない。


 今、うちで作っているのは一日三〇本、二か月で作れるのは、一八〇〇本が限界だ。


 人を雇うにしても、職人や優秀な魔法使いは、もう他のメーカーが囲っている。

 求人をかけたところで、人手が集まる保証はない。


 無理だ。

 そう判断して、お断りの言葉を考えていると、ロバートさんが先に口を開いた。


「我が商会では、全国五〇店舗での同時販売を考えております。承諾して頂ければ、ヴァーミリオンの名が国中に轟くことでしょう」

「うっ」


 確かに、それは魅力的だ。

 けれど、どんなに言われても、物理的に無理なものは無理だ。


「申し訳ありません。残念ですが、うちの生産能力では、来年までに三〇〇〇本を用意するのは――」

「やるわ」


 俺の言葉を遮ったのは、クレアだった。

 交渉は俺に任せてくれたんじゃ……。


「待てよクレア。来年までに三〇〇〇本なんてどうやって作るんだよ?」

「でも、他のメーカーと差をつけるチャンスじゃない」


 彼女の表情は真剣で、語気は強かった。

 大きな瞳が、俺の顔を見据える。


「アレク、あたしたちの夢は、魔法を庶民の手に下ろすことよ。望めば誰でも魔法が使える世界に、他の誰でもない、あたしたちがするの。でも、今は十以上のメーカーが参入している。資本力や販売網はあっちが上。なら、ヴァーミリオンの名前を広めるには、どこかで勝負にでるべきでしょ!」


 クレアの熱い眼差しに、俺は息を呑んだ。

 彼女の言うことはもっともだ。


 このまま二人で零細企業を続けて、いつになったら世界を変えられる?


 いくら売れていると言ってもそれは王都の中だけ。

 地道に卸売り先を一店舗ずつ開拓していって、国内に広まるのに何年かかる?

 まして世界なんて……。


 なら、ここで多少無理をしてでも、マクーン商会の力で全国に流通してもらって、マジックアイテム、いや、レプリカシリーズの需要を、国内中に広げて貰うのは、悪い話じゃない。


「分かったよクレア。店はしばらく親父に任せて、俺も頑張ってみるよ」

「ええ、それでこそあたしのパートナーよ」


 頷いて、振り返る。


「ロバートさん。この話、お受けします。来年一月一日までにレプリカシリーズを各種六〇〇本ずつ、合計三〇〇〇本ですね」

「はい。その代わり、支払いは大白金貨――一枚で金貨一〇〇枚分の硬貨――の現金一括払いでさせて頂きますよ」


 ロバートさんはにっこり笑う。

 だが、この笑顔が、地獄への入り口だった……。

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