第13話


 三週間後。


 九月が終わり、秋の訪れを感じる涼しい空気が王都に流れる頃、マジックアイテム業界は玉石混交の粗製乱造状態になっていた。


 十を超えるメーカーが次々と新しい魔法の杖を発売。


 ただ、どれも性能が低かったり、中途半端だったり、高性能でも値段が高すぎたり、使用上の欠陥を抱えていたりと、問題が多かった。


 消費者たちも、種類が多すぎてどれを買えばいいのかわからず、購入を躊躇う人が続出。


 そんな消費者たちを動かそうと、メーカーはこぞって誇大広告を打つも、それがますます消費者たちを混乱させた。


 そんな中。

 ついに俺らの新商品が発売した。

 それが俺らの、レプリカシリーズだ。


「サラマンダーロッドレプリカ、雷獣鵺の杖レプリカ、北星の杖レプリカ、トルネードロッドレプリカ、地脈の導レプリカ、本日発売でーす!」


 店の前には、長蛇の列が出来ていた。


 他社に真似されないよう、商品名は伏せ『新商品近日発売』として、発売一週間前になってから、チラシで商品名を明かした。


 商品名は、俺が選んだレガリアから拝借した。


 戦いに携わる者なら誰もが憧れる有名なレガリア。その名前を冠すれば、一発で性能がわかるし、興味を引かれる。


 デザインもわざと似せて、レガリアを所有した英雄気分を味わえるようにした。

 もちろん、性能は名前負けなんてしない。


 クレアが魔法式を改良して、さらに前よりも少しいい材料を使ったおかげで、性能は飛躍的に伸びた。


 杖に込めた魔力が、いかに素早く魔石に伝達するかという魔力の【伝導効率】。

 込めた魔力のうち、何割を魔法に変換できるかという、魔力の【変換効率】。

 魔力を込めてから実際に魔法が発動するまでにかかる時間の【発動時間】。


 そのどれもが、他社の商品を大きく上回っていた。

 それを、従来よりも安い、金貨一五〇枚で売る。

 おかげで初回分は即日完売。


 予約も、十月分はすぐいっぱいになった。

 はっきり言って、俺らの完全勝利と言ってもいいだろう。



「「かんぱーい♪」」


 発売日の夜、俺らは祝杯を挙げた。


 とは言っても、お互いに未成年なので、杯の中身はブドウジュースだし、テーブルの上にはクレアの作ったプリンやアイス、街で買ってきたケーキが並んでいる。


 兵役時代の祝杯は、酒臭いおっさん兵士たちに振り回されながら、香辛料をたっぷりと効かせた油っぽい肉料理を食わされたけど、俺の好みじゃなかった。


 クレアの隣の席では、子熊のポチが、顔を突っ込むようにしてイチゴ入りアイスクリームを食べている。


 熊とはいえ、子熊なので大変愛くるしい。


「おいしいポチ?」

「くぅん」

「いい子いい子♪」


 満面の笑みで、ポチの頭を撫でまわすクレア。

 相変わらず、笑顔は最高に可愛い奴である。

 その笑顔は、俺に向けられる。


「いやぁ、今回もあんたのアイディアのおかげでバカ売れね♪」

「そう言われると、悪い気はしないな」


 照れ隠しのために、俺は杯を傾けて顔を隠した。

 でも、見破られていたらしい。


「照れない照れない。あたしの技術とあんたのアイディアがあれば怖いものなしよ♪」


 えへへぇ、と上機嫌に笑うクレア。


 可愛い。

 やっぱり、可愛い。

 クレアは可愛い。

 外見の話じゃない。


 いや、見てくれは最高に可愛いんだけどな。


 そうじゃなくて、クレアの笑顔には裏が無い。


 兵役中に、兵士相手の商売をする女性たちを見てきた。

 男に媚を売る笑いや、敵意がないことを示すための愛想笑い。


 でも、クレアの笑顔は違う。


 クレアは愛想笑いなんてしないし、間違っても媚なんて売らない。

 クレアは、本当に自分が楽しくて幸せな時にだけ、自分に正直に笑うのだ。


 言ってしまえば、クレアは素直なのだ。

 表と裏が無くて、嘘が無くて、だからこそ、誰よりも信頼できる。

 不意に、彼女がテーブルに手をついて前のめりに顔を寄せてきた。


「アレク、これからもよろしくね♪」


 クレアの明るい声と表情に、俺の中で何かが落ちた。

 そして、彼女の口癖が自然と口を突いて出た。


「…………当たり前だろ」


 俺の口角は、やわらかく笑っていた。

 自分に嘘はつけない。


 俺は、クレアのことが好きなんだ。

 今なら自然に言える気がして、俺は杯をテーブルに置いた。


「あのさ、クレア――」


 なのに、間の悪いことにノックの音が俺の言葉を遮った。


「あ、はーい」


 家主のクレアは、立ち上がり、玄関へ向かった。


 こんな時間に、それも俺以外に友達がいないはずのクレアに何の用だと、俺は心の中で文句をつけた。


 ここでクレアの恋人が現れたりしたら、俺はとんだピエロである。


「夜分遅くに失礼します。こちら、クレアさんのお宅で間違いありませんか?」


 男の声!?

 ビクリと過剰反応した直後に、浮きかけた腰を椅子に下ろした。


 口ぶりからすると、クレアとは初対面らしい。

 続けて、クレアの声がする。


「アレク、ちょっと客間に来てくれる? マクーン商会があたしらと商談したいんだって」

「マッ!?」


 マクーン商会。

 それは、国内でも有数の、超大規模商会の名前だった。

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