第19話
「あれ? じゃあ、あたしの家は?」
「お前の家は新商品の開発と研究に使えばいい。職人が出入りすることはない。そもそもあそこは、クレアの自宅であって、工房じゃないだろ? 普段はうちの工房で魔石に魔法式を組み込んで、新商品の研究と開発は自宅って感じだな」
母さんも言っていたけど、クレアは嫁入り前の女の子なわけで、クレアの家に職人たちが出入りするのはよくない気がした。
とか、またみみっちい嫉妬心や独占欲を発揮してしまい、自分の器の小ささを自覚して肩を落とした。
「でもさ、冷蔵庫はあたしんちにあるし、冷蔵庫小さいから職人たちの分まではアイスやプリン用意できないから……お祝い事があったらみんなと打ち上げはするけど、小さいお祝いは、あたしらだけでしましょ……あたしんちで……」
クレアの声は、徐々に尻すぼみになっていく。
俺の顔を見ないで、視線を逸らしている。
その表情はよく見えないけど、少し赤くなっているような気がした。
……可愛い。
こういう反応をされると、クレアも俺のことが好きなんじゃないかと期待してしまう。
でも、俺の方から告白するのは、なんとなくはばかられた。
まぁ、なんとなくというか、俺の勘違いだったら仕事に差し支えるからなんだけど……。
魔法業界に革命を起こしたいのは、俺も同じだ。
でも、最大のパートナーであるクレア相手に失恋したら、お互いに気まずくて、今までのような調子では仕事ができないのは目に見えている。
臆病だと思われるかもしれないけど、今はまだ、俺のほうからは動けない。
今は大事な時期なんだ。
量産体制を整えて、本格的に卸売業を始めるんだ。そんな時に、こじれるようなことはしたくない。
事業が軌道に乗るまでは、我慢しようと思う。
そうなると、ますます事業を成功させなくてはという気になってくる。
反省。
いやいや、俺は世界に革命を起こすのが目的なんだ。そんな、不埒な目的で頑張ってどうするんだ。いや不埒じゃないけど、クレアと、ビジネスパートナーじゃなくて、人生のパートナーになりたいんだけど……でもなんか、不純な気がしてしまう。
それでも、
「…………」
クレアの手を握り、彼女の問いかけにだけは答えさせてもらう。
「ああ。お前んちで、おれらだけで、な」
「うん」
彼女の頷きが、たまらなく幸せだった。
でも、俺は知らなかった。
不幸は、いつだって強い決意の後に訪れることを。
◆
次の日、俺とクレアは目の前の光景に愕然とした。
「なんだよ……これ……」
市場調査のため、大通りの大型武器屋へ赴き、マジックアイテムコーナーを眺めていると、とんでもないものが陳列してあった。
それは、マゼンタ社という、聞いたことも無いメーカーの杖だった。
種類はうちと同じ、火、氷、雷、風、土の五種類だ。
天上から吊り下げられたポスターには、「ヴァーミリオン社のレプリカシリーズと性能は同じで二割安い!」などという大胆不敵な文字が躍っていた。
確かに、値段はうちの金貨一五〇枚に対して、金貨一二〇枚だけど……。
性能が同じ?
そんなわけがない。
あらためて、ポスターを見つめ直した。
マジックアイテムの普及で、最近では、非魔法使いの消費者にも専門用語が浸透してきている。
杖に込めた魔力が、いかに素早く魔石に伝達するかという魔力の【伝導効率】。
込めた魔力のうち、何割を魔法に変換できるかという、魔力の【変換効率】。
魔石が、組み込まれた魔法式を起動して処理するスピードの【処理速度】。
などだ。
おかげで、新商品が出る時は、杖のスペックをチラシやポスターに載せてアピールすることができるようになった。
マゼンタ社の商品も例外じゃあないわけだが、そこには、うちとまったく同じ数字が並んでいた。
クレアが声を荒らげる。
「きっとあれよ、最高級の素材を使っているんだわ。それをこんな値段で売ったら利益なんて出ないわ!」
そうであってくれと、こいねがうようにして、クレアは杖に飛びついた。
そして、霊木で出来た杖と先端の魔石をなでて、目を剥いて震え始める。
「そんな……これ、うちのと同じ素材よ……」
「嘘だろ!?」
思わず俺も手に取って、絶句した。
クレアの言う通りだ。
形状、商品のデザインこそ違うものの、材質は同じだ。
同じ材質で、同じ性能。
つまり、マゼンタ社の魔法使いは、クレアと同等の魔法式構築技術を持っている、ということだ。
いや、だとしても、だ。
あらためてポスターを見返して思う。
性能が、まったく同じなんてあるか?
伝導効率が、変換効率が、処理速度が、完全に同じなんてあるか?
「やられましたな」
背後からかけられた言葉に、俺とクレアは同時に振り返った。
そこに立っていたのは、マクーン商会のバイヤー、ロバートさんだった。
以前は穏やかな笑みを浮かべていた顔は、厳しく引き締まり、目には一種の哀れみが滲んでいる。
やられた、その言葉の意味を俺が考えていると、ロバートさんは重々しく口を開いた。
「先日起業したマゼンタ社のオーナーは、ドルセントです」
「「!?」」
それだけで、俺は全てを察した。驚愕と絶望、そして自分の不甲斐なさに、目を剥いたまま、まぶたが硬直して動かない。
きっと、クレアも同じ気持ちだろう。
けれど、俺は喉に力が入らなくて、何も言えなかった。
ロバートさんが、残念そうな口調で、静かに語る。
「ドルセントは、どこのメーカーにも囲われていない、二流の魔法使いたちを大量に雇いました。自分では新しい魔法式を創造できないが、既に完成している魔法式を模倣することはできる程度の魔法使いを、です。そして彼らを使い、この杖を量産しています」
ドルセントが紹介してきた、十一人の職人と魔法使い。
このままヴァーミリオンに残って欲しいと、俺が頼んだあの十一人からは、まだ、一人も返事を貰っていない。つまり……。
「企業スパイ……俺らからマジックアイテム作りのノウハウと技術を盗むために、あいつらを送り込んで来やがったのか……」
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