第10話 商いの戦と書いて商戦!
「あったまきた! なんなのよあの腐れ裁判長にイカレ弁護士は!」
俺の家の工房に帰るなり、クレアはずっとこの調子だ。
対する俺は、黙々と霊木を削り、シャフトを作っていく。
頭にきているのは俺も同じだけど、二人で怒っていては問題を解決できない。
怒るのはクレアに任せて、俺はない頭をしぼった。
けれど、法律の素人である俺にできることなんてあるのか?
「ああもうムカつくムカつく! なんなのよ! なんなのよあいつら!」
ますますヒートアップしながら、クレアは歯を食いしばり、テーブルを叩きまくる。
商品さえ傷付けなければ、好きにさせてやろうと思う。
なんなら、俺を殴ってもいい。
「ッ~~、こうなったらぁ」
俺は手を止めた。
おい、まさかシアンに殴り込みをかける気じゃないだろうな?
俺の不安をよそに、クレアは拳を衝き挙げた。
「もっと凄いマジックアイテムを作って、あいつらの商品なんて売れなくしてやるわ!」
「…………」
その意気込みに、俺は一瞬呆気に取られてから、不安が抜けていった。
肩の力も抜けて、息を吐く。
クレアは、根っからのクリエイターらしい。
盗作されても暴力行為には訴えない。(裁判所では訴えたけど)
商品で負けた分は商品で返す。
その思考の方向性こそが、クレアという人間の本質を如実に物語っている。
そんな彼女だからこそ、俺も握り拳を作ってみせた。
「ああ、やろうぜクレア。安心しろ、お前なら絶対作れるさ」
俺が肩に手を置くと、彼女の顔に、勇ましい笑みが浮かんだ。
「あったり前でしょ。あたしを誰だと思っているのよ?」
「世界最高の天才魔法使いにして世界を変える革命者、クレア・ヴァーミリオン様だろ?」
しれっと言ってやる。
クレアの笑顔が、無邪気に変わった。
「へへ、分かってるじゃない。さっすがアレク♪」
まったく、可愛い顔で笑いやがる。
一分前の彼女とは大違いだ。
「よし、じゃあ予約分を作ったら、一日の製造本数を二〇本から一〇本に減らして、余った時間を商品開発に回すぞ。残念だけど、向こうの商品が出そろったらこっちの販売数は減るだろうから需要には対応できるはずだ。月並みな言葉だけどピンチはチャンス。こっちの商品が売れなくなるなら、その時間を有効に活用するんだ」
「ええ。見てなさいよシアン。あんたらじゃ逆立ちしたって勝てないようなスーパーマジックアイテムを作ってやるんだから♪」
クレアは、元気いっぱいに意気込んだ。
「じゃあ手始めに、俺らのメーカー名を決めようぜ、あとロゴ」
「メーカー名?」
「ああ。もうマジックアイテムは俺らの独占商売じゃない。だから、客にクレアが作った元祖マジックアイテムだっていうのを明確にしたい。そのほうが口コミでも広まりやすいしな。考えてもみろ。『お前のその杖、凄いな。なんだそれ?』『知らないけど王都郊外の武器屋で買った』じゃなくて『これはどこそこのメーカーのマジックアイテムだ』『あ、そのロゴはなになに社の製品だ』てなった方がいいだろ?」
「なるほど」
胸の下で腕を組んで、クレアは感心する。
「社名については、お前の名字(自称)のヴァーミリオンでいいと思うぞ。お前自身の宣伝にもなるし。クレア・ヴァーミリオンが作るヴァーミリオン社のマジックアイテム、覚えやすいだろ?」
「いいわね、採用よ」
びしっと、人差し指で差してくる。
「そうなるとロゴはそうね……太陽がいいわ♪」
指を鳴らして、ウィンクを飛ばす。
こうして俺らの夢は本格的に始動した。
太陽をロゴマークにしたマジックアイテムメーカー、ヴァーミリオン。
それが、俺らの夢を乗せた船の名前だ。
◆
三日後。
俺らは武器メーカー、シアンよりもよいマジックアイテムを作ろうと、日々商品作りに邁進していた。
けれど、そのシアンの商品にも暗雲が立ち込める事態が発生した。
先日の裁判の結果を受けて、国中の武器メーカーがマジックアイテム業界への参入を表明したのだ。
国内外を問わず、有力魔法使いは次々ヘッドハンティングされ、堂々と公募までされる始末だ。
工房を増築して人を雇おうなんて思っていたけど、それは延期した。
前のような独占市場ならともかく、いくつものメーカーで需要を奪い合う現状で事業拡大をしても、失敗する可能性が高い。
さらに数日が経ち、シアンのマジックアイテムの発売日。
俺らのマジックアイテムの販売本数は落ちたものの、シアンの発売したマジックアイテム、【灼熱の杖】や【凍える杖】【雷光の杖】の販売数も、あまり振るわなかったらしい。
消費者たちは悩んでいるんだろう。
どのメーカーの、どのマジックアイテムを買えばいいのか。
工房で霊木を削りながら、クレアに尋ねる。
「でも、マジックアイテムってそう簡単に作れるのか? クレアでも十年かかったんだろ?」
魔石に手をかざして魔力を注入し、魔法式を組み込みながら、クレアは答えた。
「一流の魔法使いなら、そう時間はかからないわ。あたしが十年かかったのは子供だったのと、あたしが満足する性能を追求したからよ。大事なのは、魔石に魔法式を組み込むってアイディアを知っているかどうかだもの」
クレアは苛立たしげに舌打ちをする。
「あたしらのアイディアなのに、あの裁判のせいで盗作が合法になっちゃったわ」
その通りだ。
これが、あの歪んだ裁判の弊害。
裁判長は賄賂に目が眩んであの判決を出した。
目の前の一時的なお金のため、自分の私腹を肥やすためにいい加減な判決を下して、それが業界全体を揺るがしている。
そう思うと、俺も沸々と怒りが湧いてくる。
「まぁ、あの裁判のせいで、シアンの計画も台無しになったんだけどな」
その事実を冷却材に、俺は怒りを抑えた。
シアンは利益のために裁判で賄賂を使ったものの、その裁判のせいで他の武器メーカーの参入を招き、それが消費者に多くの選択肢を与え、購入を踏み止まらせる結果となった。
その隙に、俺らが新商品を開発すれば、勝機はある。
俺は削り終えた杖のシャフトを積み上げてから、クレアに呼びかける。
「よし、予約分終了。クレア、絶対勝とうぜ」
「当り前よ! 一か月以内に、【炎の杖】【氷の杖】【雷の杖】【風の杖】【土の杖】の性能を五割増しにしてやるわ!」
「五割!?」
魔法の素人の俺にはよくわからないけど、それって凄いことなんじゃないのか?
でも、クレア本人はやる気満々だ。
その姿を見ていると、あまり不安を感じない。
俺の夢を叶えてくれたクレアならやってくれる。そんな気がした。
だから、俺は俺の仕事をしよう。
そう、心に決めた。
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