第11話
一週間後の八月中旬。
暑さのピークが終わろうという時期の昼間に、俺は王都の大通りを歩きながら、メモ帳に各メーカーの商品をリストアップして、情報をまとめていた。
店は親父に任せてある。
参入を表明した各メーカーは、いよいよ具体的な商品の発売日や値段を記載したチラシを配り、決戦に向けた準備を進めていた。
まるで、商戦乱世だ。
以前、一緒に食事をした大商人が『商売は戦争だよ』と言っていたのを思い出す。
今まではのんびりと武器屋の店員をしていたし、そういうのは大商人同士だけの話だと思っていた。
けれど、こうなると否が応でも緊張感が高まってくる。
これらの商品が一斉に発売されたとき、クレアの、いや、俺らの商品は勝てるのか?
クレアのことは信頼していても、そんな不安がよぎってしまう。
「んっ!?」
何件目かの武器屋を訪れると、店員が新しいポスターを張っていた。
来月、九月十日に【焔の杖】を発売する予定の、ビリジアン社のポスターだった。
そこには、なんとも不吉な文字が躍っている。
【九月十日発売予定の焔の杖 九月三日、一〇〇本限定で先行販売決定!】
先行販売!?
やられた!
新商品販売には、商品を開発するだけでなく、それを発売日までに必要数製造する必要がある。
焔の杖の発売は九月十日。
でも、商品はそのずっと前に完成している。
一日でも早く発売して、他社に先手を打ちたい。
けれど製造ペースを考慮し、ビリジアン社は発売日を決定したはずだ。
まだ十分な量の在庫ができていないのに発売しても、すぐに売り切れて不況を買うだけ。
だけど、【先行販売】と銘打てば、売り切れても文句は出ない。
消費者の元に商品を渡して、合法的に購買意欲煽れる。
悔しかった。
俺は魔法の素人だ。
俺らのマジックアイテム、とは言っても、俺は直接開発には携われない。
こういう、商品を売るアイディアこそ、俺の領分のはずだ。
でないと、胸を張ってクレアの横に並べない。
焦燥感に焦げ付く心を燃やし、考える。
俺にできることを。
俺がするべきことを。
他社の商品に勝つ方法を。
「…………よし」
一目散に、ある場所を目指した。
暑い日差しの中、息を切らせて走り続け、向かったのは、馴染みの酒場だった。
店内に入ると、案の定、懐かしい顔が並んでいて安心した。
「先輩たち、また昼間から飲んでるんですか?」
俺が声をかけると、酒場の一角を占領している男たちが、一斉に振り返った。
「ん、おおアレクか」
「よおアレク、マジックアイテム、好評らしいな」
返事をしてくれたのは、以前、俺が所属していた部隊の先輩兵士たちだ。
何人か、気まずそうな顔をしている人がいる理由は、まぁ、予想がつく。
「お久しぶりです。今日は皆さんにお願いがあってきました」
「お願い?」
「はい」
真面目な顔で、真剣に尋ねる。
「この中で、うちのヴァーミリオン社以外のマジックアイテムを買う予定の人はいませんか?」
多くの先輩たちは顔を見合わせ、一部の気まずそうな顔をしていた先輩たちは視線を逸らした。やっぱり、他社のマジックアイテムを買うつもりらしい。
「おいおいアレク、後輩がマジックアイテムメーカーを立ち上げたのにわざわざ他で買うかよ」
「俺は頭金溜まったら、分割払いでお前んとこの買うつもりだぞ?」
「やっぱ攻撃魔法使えると便利だしな」
「勉強しなくても魔法が使えるなんて便利じゃん」
「お前はもっと頭を使え」
みんなで笑い合い和やかなムード。
ここにいるのは、平民出身の、飾らない先輩たちだ。
相変わらずノリが良くて、話しやすい。
「ありがとうございます先輩。でも、そういう話をしに来たんじゃないんです。何を買うか決めるのは消費者の自由なので、もしもうちより他社の商品が欲しいなら、それでも構いません。知り合いに買わせてノルマを達成するようなダサいまねはしませんよ。ただ、お願いがあるんです」
一部の、気まずそうに終始無言の先輩たちを意識しながら、
「この中で、他社の商品を買う予定の人がいたら、その人にお願いしたいことがあるんです」
俺は、真摯に頭を下げた。
◆
二週間後の昼。
俺は他社の商品を買った先輩たちと一緒に、店の奥にある工房で、クレアを待っていた。
工房のドアが開くと、加工した魔石を抱えたクレアが顔を出す。
「あれ? その人たちは?」
「俺が徴兵されていた頃の先輩たちだよ。今日は、他のメーカーのマジックアイテムを見せてくれにきたんだ」
クレアの顔に鬼が宿る。
「はぁっ!? あんた何盗作野郎の客連れてきてんのよ!?」
先輩たちが怯んでのけ反る。
俺も怯むが、負けるわけにはいかない。
俺は先輩たちかばうように割って入ると、拳を振り上げるクレアをなだめた。
「まぁまぁ、今日は俺らに協力してくれるんだから。他社の商品がどんなものか見てみないと、こっちも戦略練れないだろ?」
「それは、まぁ」
クレアの表情から、怒気が抜けていく。
「それともクレア、うちの予算で他社の商品全部一本ずつ買うか?」
「なんで盗作品を買わないといけないのよ!」
鬼が復活した。凄く怖い。
「だろ? なら、先輩たちに見せてもらおうぜ、な?」
「むぅ~~」
釈然としないクレアの視線が、ちらりと先輩たちに向けられた。
先輩たちは動物園でライオンの檻が開いたような顔で頬を引きつらせていた。
しばらくすると、クレアは渋々といった様子で、手を出した。
「じゃあ、ちょっとそれ貸して」
一本目。
とある中小武器メーカーの杖。
「どうしてこれを買ったんですか?」
「安かったんだよ。それでも金貨四〇枚するけどな」
「確かに、うちの炎の杖よりずいぶん安いですね」
「で、肝心の性能はどうかしら……」
クレアが指を鳴らすと、工房の壁に光の壁が現れる。クレアの防御魔法だ。
「ほい」
彼女が魔力を込めると、杖の先端から赤い炎が噴き出した。
でも、炎は二メートル程で勢いを失いかき消えた。時間にして、一秒くらいか。
「おいクレア、防御魔法まで届いていないぞ?」
「いや、これ魔力の変換効率、相当悪いわよ?」
クレアの眉間にしわが寄る。
「え、そうなのか?」
「あたしがこめた魔力のうち、実際、炎に変換されたのは二割もないわね。それに炎を球状に圧縮しないで拡散しているから、威力も低そうね」
「お値段なり、てことか?」
「そんな感じ」
やれやれ、とクレアは息を吐く。
安物をつかまされた先輩は、ちょっと肩を落とした。
二本目。
とある大手メーカーの杖。
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