第9話 死ねぃ裁判長! やめれ。

 七月末。

 裁判はすぐに行われた。


 原告はクレアで、被告は灼熱の杖を製造した武器メーカー、シアンだ。

 そこでクレアは、特許権を主張した。

 しかし、武器メーカー側は裁判長に訴える。


「裁判長、確かに我が国でも、過去に特許が認められた時代があります。しかしながら、技術を独占する特許権は国家の発展を妨げるとして、ごく一部の例外を除き認められないのが通例であります。ここで言う例外とは、技術がバラまかれると国益を損ねるなどですね」


 武器メーカー側が用意した弁護士は、分厚い眼鏡の位置を直しながら、得意げに語った。


「しかしながら、魔力を流すだけで魔法を発動させる武器、通称マジックアイテムの普及は、国家繁栄のためには必要なこと。独占せず、むしろ多くの武器メーカーが参入すべきと考えます」


 その主張に、クレアが横槍を入れる。


「なら著作権を主張するわ! 炎の杖はあたしの作品よ!」

「あのねぇお嬢ちゃん、著作権は美術品や小説などの出版物が対象で武器は別なんだよ? 第一、剣や槍、弓矢に著作権や特許の使用料が払われたことなんてないじゃないか」


「剣や槍の発明者はわからないでしょ! でもマジックアイテムはあたしらが発明したんだから、権利はあたしらにあるはずよ! 人の模造品を売って恥ずかしくないの?」


 声を荒らげるクレアを、弁護士の男は鼻で笑った。


「話にならないね。もしも、うちが君らの【炎の杖】と同じデザイン同じ名前の商品を売ったら、なるほど確かにそれは模造品かもしれない。しかし、我が社の【灼熱の杖】はデザインも名前も違う。機能は似ているが、そんなの同じ種類の武器なら当然じゃないか」


「なんですって!」


 クレアが怒鳴ると、裁判長がハンマーを鳴らす。


「原告、発言を慎みなさい」

「むうっ!」

「クレア、ここは抑えて」


 裁判長に食って掛かろうとする彼女を抱き寄せ、なんとか抑える。


 でも、俺だって気持ちはクレアと同じだ。


 クレアの言う通り、剣や槍は、発明者が分からないし、形状が違うだけで、突き詰めればただの刃物だ。


 対するマジックアイテムは、発明者が明確で、組み込む魔法式を含めれば、かなり複雑な武器で、立派な発明物だ。


 何よりも、優れた武器なら、他国の軍に普及されれば国益を損なう。それこそ、特許権を認め、法律でしっかりと守るべきだ。


 特許権が認められないわけがない。

 なのに、この裁判はおかしい。

 偉そうな顔でふんぞりかえる裁判長を、ちらりと見上げる。


 この裁判長は、さっきからクレアの発言をいちいち黙らせたり、異議を却下させる。


 クレアの態度が悪く、他人の発言に口を挟んでいるのは事実だけど、それでも違和感がある。


 なぜなら、それは武器メーカーのシアン側も同じだからだ。


 シアンの用意した弁護士は、終始クレアや俺のことを馬鹿にして、俺が理路整然と正当性を語っている途中で、口を挟んできたりする。


 なのに、裁判長はシアン側の発言は最後まで聞くし、異議も認める。

 どう考えてもおかしい。

 そうこうしているうちに、裁判長が判決を下す。


「それでは、判決を下します。原告側の商品、マジックアイテムには特許権の必要性は認められず、被告側の商品はデザイン、名称ともに違うため、模造品とも認められません」

「なっ!?」


 ビキリと、クレアの顔が引きつった。


「よって、原告側の訴えを棄却。被告が当該商品【灼熱の杖】および発売予定の【凍える杖】【雷光の杖】を販売、流通させることを認めます!」

「フフン、当然の結果ですな」


 弁護士の男は、眼鏡を上げながら、ドヤ顔で言ってのける。

 彼の視線が、好意的に裁判長へと向けられる。

 公平中立の立場である裁判長は、口の端をわずかに上げた。


 その姿に、俺はとある確信を得た。

 なるほど、そういう筋書きか。


 貴族や金持ちの大商人が、裁判長に賄賂を渡し、裁判結果を操作するのは、半ば都市伝説的に聞いている。


 もちろん重罪だし、露見すれば、裁判長は二度と牢屋から出られない。

 でも、バレなければ。

 それが大人の世界というものだ。


「…………」


 胸の中を、どす黒い感情がとぐろを巻いていくのが分かる。

 どうしてそういうことをするんだろう。


 どうしてこんなことがまかり通るんだろう。


 幼い頃のクレアは、魔法が使えなくて泣き喚く俺を見て、俺の夢を叶えようとしてくれた。


 五歳の子供が、何年もかけて、十年以上かけて発明したのが、マジックアイテムだった。


 ゆくゆくはマジックアイテムを世界中に広げて、魔法を庶民の手に下ろそうした。

 そのどれもが尊くて、立派な夢だと思う。


 なのに、その努力を平気でかすめ取るような真似を、大の大人同士が、結託して行う。


 それも、純然たる金儲けの為に。

 これは俺の予想だが、間違いないだろう。


 もしも、シアン側もクレアと同じ理想を掲げているなら、俺らに相談を持ち掛け、共同開発や共同販売を提案してくるはずだ。


 でも、シアンは俺らに黙って、しかも俺らのよりも僅かに安くマジックアイテムを販売しようとした。


 利益の独占以外に、考えられない。


 クレアの理想を踏みにじる行為に対する衝動的な怒りを、ありったけの理性で抑え込む。


 ここで俺が癇癪を起こしても、余計に立場が悪くなるだけだ。

 今後のことを考えれば、ここはおとなしくしておくべきだろう。


 けれど、それは考えが甘かった。


 俺でさえこれほどのストレスを受ける事柄に、クレアが耐えきれるわけもなかった。


「ふっざけんじゃないわよこの能無し裁判長!」


 叫ぶや否や、クレアは法卓を蹴り飛ばし、裁判長席へ飛び掛かる。


 すかさず、法廷内に控えている、屈強な衛兵たちが駆け寄ってきた。裁判長をかばうように、クレアの前に立ちはだかった。


 そのせいで、被害は余計に拡大した。


「うおりゃあああああああ!」


 クレアの右ストレートが、団子っ鼻の衛兵の顔面を打ち抜いた。


 続けて左腕のラリアットが、釣り目の衛兵の意識を刈り取り、兜が放物線を描いてぶっ飛んだ。


 間髪を入れず、太った衛兵をタックルで張っ倒すと、その両足を抱え込み、ジャイアントスイングのようにして回転するクレア。


 もう、誰も止められないし手が付けられない。

 まるで台風だ。


 結局、クレアが止まったのは、法廷内の衛兵が全滅して、応援に駆けつけた衛兵が十人以上もブチのめされてからだった。


 止めに入った俺にも、活きのいい拳が二発入った。


 クレアは強制退廷。

 裁判長の心証は最悪だろう。


 ただし、治安を守る衛兵が女の子一人に死屍累々のありさまと認めるわけにもいかず、罪には問われず厳重注意にとどまったのは不幸中の幸いだった。


 でなければ、クレアが牢屋にぶち込まれるところだ。

 俺は痛む脇腹を押さえながら、胸を撫でおろした。

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