第34話
間に合え!
遥か先の赤い光点。ベヒーモスのレッドポイントに狙いを定めて、穂先を射出した。
流石に狙いは外れたものの、とにかく穂先はベヒーモスの首に刺さった。それを見越してすでに磁力を発生させながら前に跳んでいた俺の体は、見えないロープに牽かれるようにして、一気にその場の空間から引き抜かれた。
どばんっ
と空ぶった尾の先端が背骨を打った。
またもつま先をかすめる毛先。タッチの差で回避に成功しつつ、俺はベヒーモスの後頭部に辿り着いた。
さて、これでベヒーモスには三回攻撃をした。電磁力のチャージは十分じゃないけど、狙いがレッドポイントなら十分だろう。
首に刺さったマグナトロを引き抜くと、間髪入れず穂先を後頭部のレッドポイント、春香のおかげで作り出したウィークポイントへと突き付けた。
「必殺、ロックオン・ストライク!」
ベヒーモスにチャージした電磁力を解放。マグナトロの先端は、超音速でテクスチャを失った光の中に打ち込まれた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!」
ベヒーモスのHPバーがぐんと削れた。
それからも、数ドット単位でじわじわと削れていく。
最初は青かったHPバーは黄色く、そして徐々に赤みを帯びていく。
流石、ウィークポイントかつレッドポイントに必殺技を叩きこんだだけのことはある。
召喚術学園世界における高難易度ボスエネミーの命も、あとわずかだ。
さらばパン耳生活、はじめまして豊かな青春!
けれど、ベヒーモスはそうはさせまいと、また頭を落とした。
振り落とす気か?
パン耳地獄の気配が復活した矢先、水の激流がベヒーモスの顔面を直撃した。
「最大拘束!」
水流は一瞬で凍り付き、ベヒーモスの頭は地面と仲良く氷結してしまう。
「ナイスアシスト、愛しているよ春香!」
「バカなこと言っていないで上!」
「え? げ!」
また、モーニングスターみたいな尻尾が振り下ろされた。
パン耳地獄の亡者たちが、喜々として歓声を上げる。
けど、高速接近する尾に、水弾が連続ヒット。次々水蒸気爆発を起こしてはじかれる。
「よし、ベヒーモスの命は秒読みよ! 幹明!」
「ああ、これで終わりだ! さらばパン耳地獄! はじめまして豊かな青春!」
俺は、満身の力を込めてマグナトロを握りしめながら、思い切り動かし、ベヒーモスの筋繊維をかきわけ、穂先をズブリ、ズブリと奥へ奥へと突きこんでいく。
さらに、電磁ハルバードとしての力で、電撃を最大出力で解放する。
それで、ベヒーモスの数ミリしかない最後のHPバーが消失した。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
顔面の氷を砕き、魔獣は頭を上げて空を睨み上げた。
断末魔の叫び声を上げてから、ベヒーモスの体は全てのテクスチャを失い、ガラスの彫像のような姿に変わると、一瞬で砕け散った。
光の残滓を残しながら、クジラのような巨体は消失。
足場を失った俺は、光の粒子に支えられるようにして、ゆっくりと地面に帰還した。
つま先から、やわらかく着地をしてクッションコンクリートを踏みしめる。
すると、バイクから下りた春香がこちらに走ってくる。
「やったわね幹明! これできっとベストテン入りは確実よ」
「うん、これも春香のおかげだよ。あぁ、これでやっとパン耳地獄から解放されるんだ!」
両手を合わせて空を拝むと、俺らの目の前に、タイムアップの文字が浮かんだ。
続けて開いたMRウィンドウに教官の顔が映って、精霊たちが無事駆逐されたことを告げる。
そして、最終ランキングが発表される。
ちなみに、ゲーム終了五分前になるとランキングの確認ができなくなるから、ちょっとドキドキする。
俺のベストテン入りは確実だけど、九位や八位のプレイヤーがPKされてゲームオーバーになっていたら、俺は繰り上げでさらに順位が上がるかもしれない。
そうすれば、より多くの賞金が貰える。
期待に胸を膨らませる俺の肩をつかみ、春香も一緒にMRウィンドウを覗き込む。
アバターではあるけれど、彼女の体温に感謝しながら、俺は勝利の瞬間を分かち合おうと肩を寄せた。
そして…………上位十名の中に俺の名前は無かった。
「ほへ?」
思わず、変な声が漏れた。
俺の名前は、十一位の横に表示されている。十位とのポイント差は、わずかに一ポイント。
まさか十位の奴、この短時間の間にエネミーを狩りまくったのか?
でもおかしい。
ベヒーモスの討伐ポイントは一〇〇〇。なのに、俺に加算されたポイントは九九五ポイントだった。
「あっ」
ぽかんと開かれた春香の口から、気まずそうな声が漏れた。
「そういえばあたし、さっきベヒーモスに攻撃したから、それであたしにもポイントが分配されちゃったんじゃあ……」
「あぁっ!?」
言われてみればそうだ。
さっき春香は、俺を助けるために、ベヒーモスの顔面に凍結攻撃を、尻尾に水蒸気爆発攻撃を仕掛けた。
だから、さっきのバトルは俺と春香の協力プレイだとシステムは認識したに違いない。
それで、一部のポイントが春香に加算されて、俺はベストテンから外れてしまったのだ。
つまり、賞金は、ゼロ。
「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
胸の前で合わせていた手を解いて頭を抱えながら、俺は膝から崩れ落ちて天を仰いだ。
パン耳地獄の亡者たちがサンバのリズムで取り囲んでくる幻覚にとらわれ、涙を流した。
「なんかごめんね幹明。あたしが余計なことしたせいで」
らしくもない、申し訳なさそうな声で、春香が謝ってくる。
「いや、いいんだよ」
俺は、絶望感と失望感ですっかり脱力しきっていた。声にも張りが無い。
「あのとき春香が助けてくれなかったら、どのみちベヒーモスは倒せなかった。春香は何も間違っていないし、春香には感謝しかないよ」
そもそも、春香がハンティングのコツを教えてくれなかったら、十一位にだってなれなかったはずだ。
だから、春香は本当に何も悪くないし感謝しかない。
それでも、これからまたパン耳地獄が続くのかと思うと、悲しくて涙が止まらなかった。
「俺のほうこそごめん。せっかく色々教えてもらったのにこんな結果で……」
「き、気にしないでよ。結局役には立てなかったし、それに……あんたには借りがあるし」
「借り?」
そんなのあったっけ? と思いながら見上げると、春香は目の下を赤く染めて、不安げに視線を泳がせている。両手は、そんな不安を誤魔化すように指を絡めて、もじもじしていた。
「ほ、ほら、三か月前の、バレンタインで……」
「バレンタイン?」
そういえば先月、俺が教室でパンツ星人てバカにされていたときも、そんなこと言っていた。でも……。
「ねぇ、俺ってあの時、何かしたっけ?」
「はぁ!? あんたまだ思い出さないわけ!?」
途端に両目を吊り上げ、声を荒らげてくる。
先月同様、とっても不機嫌だ。
「そ、そんなことを言われても困るよ。だって中学三年のバレンタインて」
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