第27話


「おはようじゃないよ。なんで君は俺の部屋にいるのかな?」


「うん、それが酷いんだよ幹明。見たいテレビが三本重なっちゃって。だから一本はテレビで見て、もう一本はわたしの部屋のデッキで録画して、最後の一本は幹明の部屋のデッキで録画することにしたの。いまどき同時複数録画機能もついていないなんて、この学生寮の待遇にわたしは断固抗議しますっ」


「酷いのはお前だしお前に断固抗議をします!」


 幼児のように頬を膨らませる美奈穂に、俺は社長に賃上げを要求する労働者のように毅然とした態度で挑んだ。


「あのなぁ美奈穂、男子の部屋に無断で入って、えっと、もしもいけないことをされたらどうするんだ?」


 俺なりに、精いっぱいの警告をするも、美奈穂はきょとん顔だ。


「なに言っているの? 幹明はおパンツ大好きえっちさんだけど、わたしにひどいことしないもん」


 彼女のピュアスマイルが、俺の邪心を焼き焦がした。


「やめろぉ! 純真な目で見るなぁ!」


 両腕をクロスさせて、眩しすぎる彼女の光から濁った我が目をかばう。


「て、それ以前に人の部屋を私物化するなよ!」

「よっと、あ、幹明おはよう。見たいテレビ重なっちゃったから、こっちのデッキ使うわよ」

「増えるなぁ!」


 壁の穴からひょっこり顔を出して、お尻のところでちょっとつかえながら入ってくる春香に、俺はデモ隊もかくやという怒声を飛ばした。


「え~、わたしも録画したいんだけど」

「美奈穂の何時から?」

「夕方の五時。ランジェリー特集とスイーツ特集とペット特集が重なっちゃって」

「なら平気ね。あたしは夜から戦争映画とプロレスと危険生物特集だから」

「女子力の格差社会! ていうか俺も夕方と夜は録画したいテレビがあるんだけど……」


 なんとか我が家のデッキを取り返そうと、俺は交渉人のように二人の、主に春香のご機嫌をうかがう。


「あ、そういえば夕方と夜からちょっとエッチな番組やるんだよね」

「美奈穂ぉおおおおおおおおおおおおお!」


 なんて余計なことを。俺のこと嫌いなの? ああもう春香が鬼のように顔を真っ赤にして震えているじゃないか!


「きょ、今日はあたし、こっちの部屋でテレビ見るから!」


「ノォオオオオオ! そんなご無体な! ただでさえパン耳生活で困窮している俺の数少ない潤いを奪わないでぇ!」


「じゃあ朝ご飯作ってあげるからそれでいいでしょ。いまご飯とお味噌汁とベーコンハムエッグ作ってあげるから我慢しなさい!」


「あ、じゃあわたしはサラダと牛乳持ってきてあげる」


「な、なんて魅力的な誘惑!? けど、けど今夜の検証番組の、【巨乳、足元見えていない説検証】は全男子の夢なんだぁ!」


 近所迷惑も考えず――というか両隣さんはここにいるんだけど――声を大にしながら、俺は前のめりになってベッドから転げ落ちた。


 すぐ目の前には、春香の足首がある。


「はっ!?」


 今日の春香はスカートが長めだから、そのまま見上げてもパンツは見えない。けど、ウエスト位置が高いせいで、協調された見事な下乳が丸見えだった。

 一方で、春香の顔は双乳に隠れて見えなかった。


「? どうしたのよ幹明。どこか打った?」


 不思議そうな声を上げる春香に、俺は首を振った。


「いや、そうじゃないけど、もうテレビはいいよ。検証、今、終わったから」

「? ? それってどういう……ッ!?」


 前かがみになって俺と視線を合わせてから、ようやく気付いたらしい。

 俺のゆるみきった顔を見るなり、春香は両手で自身の胸を抱き隠した。


「み~き~あ~!」


 右手で作った拳を震わせながら、春香はバーバリアンとしての本領を発揮する。

 恐怖で顔をこわばらせながら、俺はあらゆる材料を駆使して、必死に己の無実を訴える。


「待ってくれ、悪いのは俺じゃない。春香が可愛いのが悪いんだ!」

「なっ、あんた!」

「だってそうだろ! 春香が可愛くてスタイル抜群でつるつるお肌にサラサラの栗毛ヘアーで今日もお洒落なツーサイドアップが素敵だから俺もイケナイ気持ちになるんじゃないか!」


 あとパンツ派手だし、と心の中で付け足しておく。


「つまり、俺のよこしまな気持ちは全て可愛い春香によって誘発された感情であり、俺に否はないということに…………?」


 見れば、春香は両手で顔を覆い、床に顔を伏せて腰を震わせていた。

 わぁ、なんだろうこの愛らしい生き物。

このまま家にお持ち帰りしたい。いやもうここが家だけど。


 美奈穂が、心配そうな顔で頭をなでている。

 それから、美奈穂は眉をきゅっと持ち上げ、ぴんと人差し指を立てた。


「幹明。いくら春香が可愛くてもいじめちゃ可哀そうだよ」


 そして美奈穂は尊いなぁ……。

 俺がテレビのことなんてどうでもよくなった頃、机の上でくまお君がすねてしまった。


   ◆


 時間は飛んでその日の昼過ぎ。

 昼食を終えた俺はベッドで横になると、ネットの地図で学生寮の外を指定して、アバターに意識を移した。


 一度五感が遠のいてから目を覚ますと、俺は電磁ハルバードのマグナトロをつかんだ姿で、学生寮の前に立っていた。

 続けて、セクシーなパワードスーツ姿の美奈穂と、アニメ調の制服を着た春香のアバターが出現する。

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