第28話

 続けて、セクシーなパワードスーツ姿の美奈穂と、アニメ調の制服を着た春香のアバターが出現する。


「美咲と夏希は先に行っているのよね?」

「うん、そうだよ」

「よし、じゃあ俺らも行こうか」


 言って、俺らは、アバターのまま、目的地を目指して学生寮の敷地から出た。



 MR学園のある地域はゲーム特区であり、街のほぼ全域がMRゲーム可能エリアになっている。


 街中にはりめぐらされたソーシャルカメラの映像を元に、3D映像を構築、サーバーにリアルタイムの精巧なMR世界を作り出す。


 だから、極端な話、この街では体を家に置いたまま、疲れを知らないアバターで出かけることも可能だ。


 もっとも、アバターで出かけた場合、現実世界に影響を及ぼすことはできないからなにかと不都合だし、ものも食べられない。


 それと、MRに詳しくない高齢者がこの話を聞くと、悪用された時のことを心配するけれど、高齢者が思うほど悪用はできない。


 MR世界はリアルタイムの現実を精巧に再現した世界であり、アバターはMR世界を通じて現実世界を、現実世界の人たちはデバイスを通してMR世界を認識できる。


 それは、仮想ボディで実際に街を歩いているのとほぼ同じ、まさに複合現実だ。


 ただし、ほぼ同じと同じは少し違う。


 MR世界の街は、あくまで街中に張り巡らされた監視カメラの映像を元にしているから、カメラのない民家や、カメラに映らない女性のスカートの中は空っぽだ。


 アバターで覗きをして、バレたらダイブを切って現実の体に逃げ込む、ということはできない。


 他にも、MR世界の本の中身は白紙だし、ATMの中身も空っぽだ。


 また、誰かを監視、尾行、ストーキングするような行為なら出来はなくはないけど、犯罪的な挙動はソーシャルカメラが検知して、ログイン中のアカウントが警察へ送信される。


 他にも、アバターでできる不審行動は、通報の対象だ。


 

「アバターで外に出たことってあんまりないけど、生身と変わらないよな」


 学生寮を出て、大通方面に向かって歩きながら、俺はそう漏らした。

 現代の技術は、究極のリアリティと言えるほどの再現度を誇る。


 視覚と聴覚はともかく、触覚に至るまで、デバイスが複雑な演算予測を行い、脳に生々しい電気信号を送っている。


 クッションコンクリートにかかとから接地して、つま先へと重心移動するときの、靴の中の感触まで完璧に再現されていた。


 それに、街の光景だって同じだ。

 歩道を行き交う人々、MR映像の看板やアドバルーンなどの各種広告。

 車道を走る車の予想進行ルートを描いた赤い光のライン。


 信号機の上では、デフォルメされた犬のおまわりさん、場所によっては猫のおまわりさんが通行人に指示を出している。


 青信号が点滅すると、猫のおまわりさんが急いで渡るよう呼びかけながら、新たに渡ろうとする人を注意する。


 出会いがしらの衝突防止のために、接近者の有無は、警告マークが教えてくれる。

 そして、路上や建物の屋上でバトルをする学生たちの姿がちらほらと。


 MR学園のあるここら一帯はMR特区で、全ての場所がバトルフィールドとして利用できる。


 ただ、バトルが一般人の視界を妨げないよう、デバイスにはMRバトルを観戦するかどうか選べる機能がある。


 車やバイクは自動運転が主流ではあるものの、警察は突然のことに驚かないよう、乗車中は観戦モードをオフにすることを推奨している。


「これから大規模イベントだってのに、もうやってるの?」

「気が早い人たちもいるんだねぇ」

「ていうか、今日のイベントはハンティングなのに、あいつら、PKする気なの?」


 肩を落とす俺の言う通り、俺らが参加しようとしているイベントは、今月の月末試験と同じ、【ハンティング】だ。


 対人戦とは違い、広いフィールド上のエネミーを倒し、その討伐ポイントを競う競技だ。


 他プレイヤーへの妨害行為として、対人攻撃は可能である。


 けど、中には必要以上に対人攻撃を続け、わざと脱落にまで追い込む、いわゆるPK行為をする人もいる。ただし、PKがマナー違反か、妨害行為の延長かは、プレイヤーの間でも意見が割れている。


 ただ、PKをすると相手のポイントが手に入るあたり、運営側はPKを盛り上げ要素として考えている節がある。

 俺らの目的は、月末試験に向けた練習、そして賞金だ。


 今回のイベントは特区主催のもので、上位入賞者には特区内でお金と同様に使える電子マネー、マネーポイントが支給されるのだ。


 末席入学者で学園ランキング最下位でパン耳生活の俺としては、是非とも欲しい。



 学生寮を出てから二〇分ほど歩いた頃。

 歩道は生身の人間よりもアバターの比率のほうがずっと高くなり、みんな同じ方向に歩いている。目的地は、同じらしい。

 そして到着したのは、イベント開始場所である公園だった。

 

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