第26話
「当然でしょう。このワタクシの手料理が食べられるのだから、感謝なさいな」
言って、美咲はフォークを手渡してくる。
俺はフォークをわしづかむと、飛びつくような勢いでロールキャベツを口に運んだ。フォークを使っているのに、まるで貪るような勢いだ。
「ッッッッ~~~~!?」
味覚情報が強烈過ぎて、顎の付け根が痛くなる。
でも、それすらも快楽のアクセントとなり、味と溶け合い、感動の涙を流した。
胃袋が、涙のようにして胃液を分泌しているのがわかる。
ロールキャベツの肉汁が、野菜のうま味が、五臓六腑に染みわたり五感が覚醒していく。
「うえーん、おいしいよう!」
「そんなにおいしいの?」
「うん、うん」
滂沱の涙を流しながら、俺は何度も頷いた。
「じゃあ、これからも時々作ってあげますわ」
「え、いいの!?」
「構いませんわ。今日の勝負は、事実上ワタクシの敗北ですもの。ワタクシに勝った殿方にひもじい想いは似合いませんわ」
女神だ! ここに女神がおられる!
好きとか愛しているでは収まらない感情が、胸いっぱいにあふれ出す。
今すぐ彼女のご神体を作り崇め奉りたい程だ。
パン耳地獄に逆戻りかと思ったら、まさかこんな大逆転が待っているなんて。
人生は何があるかわからないもんだ。
そこへ、壁と押し入れの穴から、春香と美奈穂がタッパーを手に入ってくる。
「さっきから何を泣いているのよ幹明。ほら、肉じゃが作ってあげたわよ」
「幹明ぁ、シチュー作ったんだけど食べない?」
さらに部屋のドアが開かれて、
「やぁ幹明。今日は残念だったね。オムライス作ってきたんだけど、食べてくれるかな?」
夏希がイケメンスマイルで玄関に上がってくる。
美咲のロールキャベツ、
春香の肉じゃが、
美奈穂のシチュー、
夏希のオムライス、
そのどれもが、宝石のように輝いて見えた。
「うぅううううう、みんなありがとぉおおおおおおおお!」
みんなに見守られながら、俺は手料理と言う名の優しさを次々食べていく。
涙が止まらない。
「うえーん、おいしいよう、嬉しいよう、人生の中で一番幸せだよぉ……」
「幹明は大げさですわねぇ」
「ちょっと幹明、がっつき過ぎよ」
「喜んでくれてよかった」
「ボクも作った甲斐があるよ」
美咲、春香、美奈穂、夏希が口々にほほ笑む中、俺はみんなの手料理を食べ続ける。
大げさでもなんでもなく、こんなにおいしいものは食べたことがない。こんな、心が幸せになれるものを食べたことはない。
「そうですわ幹明。明日からのゴールデンウィークは、ワタクシたちみんなで遊びましょう」
「え? でも俺、マネーポイントが……」
美咲の、とびきりの笑顔。
「貴方の分は、ワタクシが払いますわ。ワタクシに勝ったお祝いです」
「うえーん! わたくしめをお嬢様の下僕にしてくださいぃ!」
感動の土下座をキメると、美咲は高貴な彼女らしくもない、鈴を転がすような愛らしい声で笑った。
「あらあら、可愛い下僕ちゃんですわね」
そう言って、美咲は俺の頭を優しく、慈しむようになでてくれた。
美咲の手はやわらかくて、彼女のぬくもりで頭が幸せだった。
◆
ドンドコ ドコドコ
『朝だくまー、起きるくまー、今日は街で大事なイベントくまー』
ドンドコ ドコドコ
ゴールデンウィークを満喫し終わり、五月の半ばのとある日曜日。
俺は和太鼓の音と、くまくまカワイイ声に目を覚ます。
カーテン越しに降り注ぐ太陽光が温かい。
くまお君の声で、そういえば今日はイベントがあったな、と眠気眼で思い出す。
相変わらずベッドの中は重力が五倍で、できればこのまま眠っていたい。
でも、早く太鼓を止めてあげないと、くまお君はまたすねてしまう。
それはあまりにもかわいそうなので、俺は思い切って目を開け、上半身を起こした。
すると目の前に、金髪碧眼の巨乳美少女が座っていた。
彼女は純な横顔をしていた。
その表情には、現代日本人が持っているはずの汚れや悪意はみじんも感じられず、パンツを見せてほしいと頼めば笑顔で見せてくれそうなほどの度量を感じる。
ダヴィンチを叩き起こして俺の理想を描かせても、こうはならないだろう。
ていうか、美奈穂だった。
俺をパン耳地獄に突き落とした諸悪の根源に最大限の賛辞を送ってしまったことを恥じながら、俺は至極まっとうな言葉を口にした。
「美奈穂。ちみは朝から男の部屋で何をしているのかな?」
言っておくが、昨夜彼女を部屋に連れ込んでいけない男女の火遊びをした、なんてR指定イベントの記憶はない。
もしも俺が忘れているだけだとすれば、秋宮幹明、一生の不覚である。と、彼女の大盛りおかわりバストを見つめながら思った。
彼女が普段着にしている白いワンピースはウエストの部分がすぼまっているから、胸のふくらみがよくわかる。
「ん? あ、幹明おはよう」
彼女の横顔が、くるりん、とこちらを向いた。
俺の顔を見るなり、頬をほころばせて笑う美奈穂。
やめろ、その純真な笑顔を向けるな。お前は俺をパン耳地獄に突き落とした稀代の悪党なんだから。
そんな屈託のない笑顔を見せられて、不覚にも恋に落ちたらどうするんだ。
「おはようじゃないよ。なんで君は俺の部屋にいるのかな?」
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