第22話
「「ダイブ・アバター」」
二階の一年二組の教室で席に座ってから、俺と美咲は同時に告げた。
一瞬の空白の後に目を開ければ、そこには漆黒のバトルドレスの上から白銀の軽装鎧をまとう美咲の姿があった。
狼王フェンリルの爪の力が宿っているという設定の、紅に染まった八本の剣を両手に、そして残り八本をスカートのように広げながら侍らせる。
神々しささえ感じる美しくも威厳のある佇まいに、一瞬見惚れ目を奪われる。
半世紀前のオンラインゲームとは違い、MRゲームのキャラメイクは服装や髪形を変えるものだ。
デバイスは、プレイヤーの姿を正確にスキャンし、精密にMRアバターとして再現する。
その再現度があまりにも高度過ぎて、美咲が持つ貴族然とした雰囲気すらも正確に写し取り、まるで本物の美咲がそこにいるようにしか感じなかった。
美咲のアバターは【召喚術学園】における、フェンリルの契約者。まさに、狼王の眷属にふさわしい風格だった。
俺と美咲はシニカルな表情を浮かべ、互いを見つめ合う。
「幹明。極限まで自分を追い込み、この私に勝とうという気概は買います。ですが、凡民ごときでは高級国民たるワタクシには一生勝てないという宇宙の真理を教えて上げますわ」
目の前に、戦闘開始の十秒カウントダウンが表示される。
全ての生徒が、アバターになったのだろう。
「なら、俺は市民革命でその上下関係をひっくり返してやるさ。見ていろよ美咲。この戦いが、俺の下克上だ、そして俺は」
カウントがゼロになる。
「パン耳生活から抜け出して、春香たちと楽しいゴールデンウィークを過ごすんだ!」
高速の踏み込みで、電磁ハルバード、マグナトロを最大射程で突き込んだ。
マグナトロの全長は二メートル。その柄頭を右手で握り込み、半身になって右腕を目いっぱい伸ばせば、ギリギリ美咲に届いた。
美咲の得物は剣、俺はハルバード、先手は貰う。
俺の狙い通り、マグナトロの穂先が美咲の右肩を裂き、彼女に電磁力をチャージする。これは、俺の必殺技を使うのに必要なものだ。
美咲は右肩のテクスチャが剥がれ、赤く光って一定時間レッドポイントと化す。これで右肩は動きが鈍くなるし、あそこに二撃目を叩きこめば大ダメージだ。
けれど、美咲はサイドダッシュで逃げながら、スカートの周りに浮かぶ浮遊剣を操り、俺に向けて飛ばしてきた。
肉体のダメージに左右されない浮遊剣は、美咲のアバターが持つ強みだ。
でも、悪いな美咲。
「この半月の特訓で、浮遊剣の動きには慣れているんだ!」
空中に、赤いライトエフェクトの軌跡を描きながら迫りくる四本の剣を蹴散らし、美咲との距離を詰める。
美咲は、残る浮遊剣で周囲の机を跳ね上げて目くらましにする。
でも、電磁ハルバードのマグナトロを持つ俺に目くらましなんて効かない。
ハルバード使いの定石なら、大きく薙ぎ払って机ごと相手を攻撃するところだけど、俺は違う。
電磁力でマグナトロを鉄筋コンクリート製の天井に張り付かせ、教室を俯瞰する。
上から望めば、美咲がバックダッシュで距離を取ろうとしているのが丸見えだった。
「そこだ!」
天井を蹴り、俺は三角跳びのようにして、上から美咲に突っ込んだ。
その瞬間、美咲は嫣然と微笑み、切っ先を床に向けた浮遊剣が円を描いた。
鋭い音と一緒に、美咲の体が落ちる。
浮遊剣で、床を丸く切り取ったのだ。
俺のマグナトロは空振り、美咲は一階へ落ちながら、次の技の準備を済ませていた。
「召喚、フェンリル!」
彼女が展開した召喚陣から、漆黒の狼が放たれる。
狼王フェンリルの咆哮が衝撃波を伴い肌を打つ。
バックダッシュで緊急回避を試みるも、間に合わない。
戦車のように巨大で雄々しい狼は一年二組の床なんてものともせず、穴を大きく広げるように床ごと俺に噛みかかる。
けれど、俺もただやられているわけじゃない。
異能武器学園アバターは、春香の超能力学園アバターと違い、アバターのポテンシャルが武器に集中している。
アバター本体の防御力は劣るものの、武器でガードすれば、ダメージの多くを減少できる。
先週まではあんなに怖かったフェンリルも、ハングリー精神を極めた今の俺には、ただの犬コロだ。
冷静に素早く、そして的確に長いハルバードを縦に構えて、フェンリルの口内に収まらないようにし、直撃は避ける。
「っっ」
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