第21話
「ふ、なんてことはないさ……俺はただ、昨日の夜と……朝のパン耳を……」
静かに、だけど力強く答えた。
「抜いてきた」
花火の音が遅れてくるように、数瞬後、驚愕が、音速で全生徒の顔に奔った。
「あいつなに血迷っているんだよ!」
「秋宮って確か末席合格者だよな!? パンツ星人の!?」
「パンの耳しか食べられないのに、それも抜いたってほぼ断食じゃねぇか!」
「バカよ、バカがいるわ!」
「なんてバカな生物なのかしら!」
ぴーぴーとうるさいギャラリーたちの低俗な煽りを、俺は眉一つ動かさない明鏡止水の心持で聞いていた。
ふふふ、みんなのさえずりが心地いいな。
そんな中、ただ一人、優雅さを失わない傑物がいた。
すらりと立ち上がったのは、絶世の美貌を輝く高貴な黒髪縦ロールで飾り立てた気品溢れる学年首席、貴佐美美咲その人だった。
「フフフ、ワタクシもナメられたものね。幹明、貴方そんな栄養失調状態でこの貴佐美美咲に勝てるとでも? それとも、勝負を捨てたのかしら?」
おバカな子犬を見るような目で、美咲は笑った。
けれど、俺は自信たっぷりに口角を吊り上げ、挑発的な笑みを見せてやる。
「ちがうね……俺は気づいたんだよ。俺に足りなかったのはハングリー精神だって。この地獄から逃れたい。逆境から這い上がりたい。それこそが俺ら庶民の武器、美咲にはない強み。だから、極限空腹状態の今こそが! 俺のベストコンディションだ!」
俺が言い切ると、体育館中から唾を呑み込む音がした。
「な、なんて奴だ……」
「あぁ、信じられないぜ……」
「秋宮が……まさかあそこまで……」
「彼こそ正真正銘の……」
「…………………………………………バカね」
はっはっはっ、俗人が何か呟いているや。
こら夏希、優しい目をするな。まるで俺が可哀そうな奴みたいじゃないか。
春香はどうして罪悪感を感じていそうな目に涙を浮かべているんだ。
美奈穂はスカートの裾を持ち上げるな。お前のパンツを見ても元気なんて出ないんだからね。
「えへんっ、おほんっ」
場の空気を切り替えるように、竹本先生がわざとらしい咳払いをした。
今更だけど、みんなの前に立つ竹本先生の背後には、いくつものMRウィンドウが浮かんでいた。
数は、一年生のクラスと同じ数だ。それぞれ、【バトル中】もしくは【〇〇勝利】と表示されている。
そして、最後の【バトル中】が【〇〇勝利】に変わると、竹本先生が姿勢を正した。
「それでは、次の生徒は教室へ。二組は秋宮君、君と貴佐美さんですよ」
「はい」
俺が返事をすると、竹本先生はあらためて、俺に向き直った。
「遅刻してきた君のために、ルールの確認をします。試験内容は一対一のデュエルによるコイン争奪戦。一枚のコインを奪い合って戦い、タイムアップ時にコインを持っていたほうの勝ちです。試合時間は五分、コインはランキングの低い君が持った状態からのスタートです」
俺の顔色に怖じることなく、試験管に相応しい威厳を取り戻して、説明を続けた。
「各クラスの生徒たちは、自分たちの教室でバトルを始めますが、バトルフィールドは校舎内全域です。他の教室でもバトルは行われていますが、彼らの攻撃が貴方たちに干渉することはありません。また、不正行為、不適切行為防止のため、バトル中の会話はこちらでモニタリングしているほか、校舎内には先生たちが巡回しています。コインを保持した状態で長時間逃げ回る逃亡行為や、アバターを利用した不適切行為があった際には、先生が介入するので気を付けてください。正々堂々、胸を張って戦うように」
「「はい」」
返事をしてから、俺と美咲は踵を返した。
教室へ向かい一歩進む。
隣を歩く美咲が流し目を送りながら、たおやかな声で言ってくる。
「幹明。ワタシに勝てたら、ご褒美にパンツを見せてあげますわ。春香が」
「ふっ、じゃあ俺が負けたら敗北の証にパンツを見せてやるよ。春香がね」
「勝敗の意味ぃ!」
春香の悲鳴を背中に浴びながら、俺らはクールに教室へ向かった。
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