第23話


 冷静に素早く、そして的確に長いハルバードを縦に構えて、フェンリルの口内に収まらないようにし、直撃は避ける。


「っっ」


 それでも、抗えない圧倒的な大質量感に体を持っていかれる。

 足の裏が床から剥がされ、体が丸ごと宙に浮いた。


 トラックに跳ね飛ばされればこんな感じかという感想を抱きながら、背中から天井に激突。俺は三階まで貫通した。


「ぐっ!」


 痛みはないものの、衝撃と回転する視界に声が漏れた。


 フェンリルの姿が掻き消え、俺は瓦礫と一緒に床の上を跳ねた。

 天井を見上げて床に転がると、体が動かなかった。


 大ダメージ、一定以上の衝撃、技の能力など、特定の条件が満たされると、スタンと呼ばれる数秒間の麻痺効果が発生する。


 昔の格闘ゲームで言うところの、【ピヨった】という状態に近い。

 その隙に、美咲が一階から二階、そして三階へと跳び上がってくる。


 余裕のつもりなのか、攻撃してこない。

 俺は動けない体で、苦し紛れに笑って見せる。


「学校、壊しすぎだろ?」

「フィールド破壊こそ、MRバトルの華ですわ」


 美咲は優雅なモデル歩きで俺に歩み寄ると、俺の腹に手を伸ばした。

 そこには、金色のコインが浮かんでいた。


 まずい。


 コイン争奪戦は、相手に一定以上のダメージや衝撃を与えると、コインを表示させることができる。

 それに触れられると、コインは相手に移ってしまう。


「これは頂きますわ」


 美咲は手に取ったコインにキスをひとつ。コインは消失して、視界の端に【コインロスト】と表示される。


 このままコインを奪われたままだと、俺の負けだ。

 そうなれば、パン耳生活は延長される。ゴールデンウィークは引きこもって過ごすことになる。


 深い絶望感が俺を呑み込んだ。

 まるで、深い深い闇に落ちていくような無重力感を味わう。

 これが、全国九八位の実力なのかと、嫌というほど思い知らされる。


 パンの耳すら抜いてハングリー精神を養ったのに、それでも敵わないのか。


 ごめん春香、夏希、美奈穂。


 せっかく練習に付き合ってくれたのに。ゴールデンウィークはみんなで楽しんでくれ。


 その間、俺は部屋でパンの耳を……耳を…………。

 

 ぴきーん


「はっ!?」


 刹那、俺の意識がスパークした。

スタンから回復するや否や飛び起き、美咲と対峙し直す。


「やっと起きましたわね。では、再戦と参りましょう。残り三分でワタクシからコインを奪うことができたら、貴方の勝ちですわ」

「あぁ……そうだな」


 美咲の眉間に、訝し気なしわが寄った。

 どうやら、俺の変化に気が付いたらしい。


「貴方、いったい何が……」

「教えてやるよ。完成したんだよ。俺のハングリー精神が、今な!」


 まぶたを持ち上げ、声を張り上げた。

 視界が広がる。世界の解像度が上がる。五感が研ぎ澄まされる。

 全身に全能感が満ち溢れ、今なら、奇跡でも起こせそうな気がする。


「みんなからの救援物資を絶っても! パンの耳すら抜いて絶食しても! 所詮は過去と今の話だ! ここで負ければ今後もパン耳生活! ゴールデンウィークはブラックウィーク! そうした暗黒の未来が俺に力をくれる! 美咲みたいな高級国民にはない、俺ら雑草にだけ許されたネガティブパワー!」


 何が悟りだ。何が明鏡止水だ。そんなものはお高くとまった連中に任せとけ。


「うぉおおおおおおおおおパン耳生活なんていやだぁああああああああ! 俺は豊かで楽しいゴールデンウィークを送るんだぁああああああああああああああああ!」


 目を血走らせるように目を剥いて、美咲に斬りかかる。

 電磁ハルバード、マグナトロを振り下ろして、薙いで、突いて、息もつかせぬ連続攻撃を見舞った。


「っ、この圧力は……」


 さしもの美咲も、顔色を変えた。

 二刀流の美咲のほうが、手数は多い。

 その美咲が、死に物狂いになって俺の猛攻を防いでいた。


 けれど、美咲の本領は十刀流だ。

 スカート周りの浮遊剣を操り、一斉攻撃を仕掛けてくる。

 でも、そんなものは児戯に等しい。


「ははは、見える、見えるぞ! 美咲の攻撃が、一秒先の未来が!」


 俺は自分でも驚くほど俊敏かつ滑らかに動き、美咲の攻撃を避けていた。


 風のように疾く。

 林のように静かに。

 火のように侵略し。

 山のように動かず。

 陰のように知られず。

 雷のように動く。


 そんな俺に、美咲は歯を食いしばり挑む。

 徐々に、俺の攻撃が美咲に通るようになる。その度、美咲の体には電磁力がチャージされていく。


 俺の必殺技、ロックオンストライクは、相手の体にチャージした電磁力を解放させて、超音速のマグナトロと引き合わせて強制的に当てる超速追尾技。当然、威力は相手にチャージした電磁力に比例する。


「破ぁっ!」


 バックダッシュで俺から距離を取る美咲の真横に召喚陣が展開される。

そこから、黒い狼の前足が飛び出した。


 短剣のように長く鋭い爪がズラリと並んだソレが、俺の体を薙ごうとする。


「甘い!」


 狼王の斬撃を、マグナトロの柄で防ぐ。

 異能武器学園のアバターは防御力が低い。


 ただし、武器の防御力は極めて高く、武器でガードすれば大抵の攻撃は防げる。つまり、プレイヤーの腕次第で、いくらでもリスクを回避できるということだ。


 それこそが、俺が異能武器学園アバターを選んだ理由だ。


「素晴らしいですわよ幹明。まさか、この短期間でここまで腕を上げるなんて」


 好敵手に会えた強者の笑みで、美咲は幸福そうに笑った。


「そりゃどうも。何せ、お前を倒してパン耳生活から抜け出したくて必死なんでね!」


 俺と美咲の得物が交差した。

 異能武器VS召喚術。

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