第12話
美奈穂は春香に抱き着き、やわらかそうなおっぱいを押しつぶしながら、頬にキスをする。
本来あるべき未来が、脳内でリフレインする。
「えへへ、ありがとう、幹明」むぎゅ
「幹明って、上手いんだね」ちゅ
「お礼にパンツ見せてあげるね。ほら」ふぁさ
「ねぇ、幹明。わたしね、いますごいドキドキしているよ。ほら」どたぷん
パリーン
夢も希望も潰えた俺と夏希はショックのあまり意識を失い、目の前にはドローゲームの表示がされる。
アバターは消滅して、意識が肉体に戻ると同時に、俺らはその場に崩れ落ちた。
「春香の鬼、悪魔、人でなし、バーバリアン! よくも、よくも俺の未来おぉ……!」
「くそぉっ! 美奈穂ちゃんとのマンツーマン特訓で巨乳とハイレグカットを合法的に堪能してからあわよくばベッドインまで持ち込もうというボクの完璧な作戦がぁ!」
腹ばいになって悔し涙を流す俺の背後で、夏希も四つん這いになって慟哭していた。
「仕方ない、じゃあもう今日は幹明で済ませようかな」
ゾクリと背筋に悪寒が奔った瞬間、腰ベルトをわしづかまれた。
「な、ナツキくん、ちみは一体何をしているのかな?」
おどけて誤魔化そうとする俺の下半身を引き寄せ、夏希はライオンのように瞳を丸く光らせた。
「フフフ、君さえ邪魔をしなければボクは今頃ぽよんぽよん天国だったんだ。この猛りは君のカラダで鎮めさせてもらうよ」
酷薄な声音を震わせながら、夏希はカチャカチャと俺のベルトをいじり始めた。
「い、いやだぁ! 誰か、神様仏様春香様助けてぇ!」
身も凍るような恐怖に足がすくんで動けない俺が手を伸ばすと、春香は言った。
「帰りましょう美奈穂。ここから先はオトナの時間よ」
「うん、二人の仲を邪魔しちゃダメだよね」
春香は美奈穂の肩を抱き、スタコラサッサと教室の外へと逃げた。
「は、薄情者ぉおおおおお!」
「助けならバーバリアンじゃなくて警察に頼めば?」
バーバリアンてさっきのあれか? 根に持つなんて女らしくないぞ!
「あー! 嘘嘘嘘です! 春香様は豊乳美人で勇ましく強くて凛々しい俺の憧れで、お願いしますいかないで! お慈悲をぉ、お慈悲をくださいぃいいいいい!」
ピシャリ と、教室のドアが残酷な音を立てて閉められた。
心臓が石のように固まった。
「これで、二人っきりだね」
「その言葉は違うシチュで聞きたかったぁあああ!」
その日の夜。
俺は枕を涙で濡らしながら眠った。
◆
時間は飛んで、翌日の特別ホームルーム。
週に一度あるこの時間は、試験や業界の情報について、毎週担任から聞く時間だ。
教室で席に座りながら、俺は教壇に立つ龍子先生の話に耳を傾ける。
「では、今月の月末試験について説明しよう。内容は一対一のデュエルによるコイン争奪戦。一枚のコインを奪い合って戦い、タイムアップ時にコインを持っていたほうが勝ちだ。この勝敗は、君らの学内ランキングに反映される」
龍子先生は、今日もタイトな黒スーツに身を包み、きびきびとした口調で教室中に声を響かせる。こちらも、自然と背筋が伸びてしまう。猫背が矯正されそうだ。
「君らも知っての通り、MR学園ではレート制を採用している。勝者はレート(強さを示す数字)が上がり、敗者は下がる。大事なことは、両者のレート差だ。自分よりも遥かにレートの高い相手に勝てばレートは大きく上がり、負けてもレートはあまり変わらない」
つまり、末席の俺が主席の貴佐美に負けてもレートはあまり下がらないけど、俺が勝ったら俺のレートがグンと上がるってわけだね。
そうすれば、パン耳生活とはオサラバどころか、贅沢な青春を送れるかもしれない。
俺が、捕らぬ狸の皮算用をしている間にも、龍子先生の説明は続く。
「逆に、自分よりも遥かにレートの低い相手に勝ってもレートは大して上がらないが、負ければレートは大きく下がる。これは、上位ランカーが下位ランカーにわざと負けて学内ランキングを意図的に操作しないようにするための措置だ」
確かに。
言われてみれば、わざと負ける代わりに金品や屈辱的な要求をする上位ランカーがいてもおかしくない。
けど、上位ランカーほど負けた時のペナルティが大きければ、そうした犯罪臭香る行為を未然に防げる。いい方法だと思う。
考えられているなぁ、と感心してしまった。
「では、相手の希望レートを選べ」
龍子先生が、手元に浮かぶ画面を操作すると、俺らの目の前にMRダイアログが浮かんだ。
ダイアログには【ベリーイージー】【イージー】【ノーマル】【ハード】【ベリーハード】【マニアック】の六種類の項目がある。
「ノーマルを選べば、同じクラスのほぼ同じレートの相手と対戦が組まれる。それと、人によっては複数回戦うこともあるので、心してくれ」
「え? どういうことですか?」
つい、聞き返してしまう。
龍子先生が、凛とした瞳を俺に向けてくる。
目力があるから、何も悪いことをしていないのに、ドキっとしてしまう。
「君らは全員チャレンジする側だが、チャレンジを受ける側にもなり得るということだ。例えば秋宮、君がマニアックを選べば、このクラスのトップランカーの誰かと戦うことになる。だが、このクラスの下位グループが全員ベリーイージーを選べば、君はその全員の挑戦を受けることになるだろう。下位グループ基準でのベリーイージーは、お前しかないのだからな」
最後に二人称がお前になったあたりから、龍子先生の苛立ちを感じる。昨日、教室でパンツ大好き宣言をしていたのをまだ怒っているのかな?
俺は、物分かりのいい生徒を演じるために、おとなしく「はい、ありがとうございます」と答えておいた。
俺の作戦が功を奏したのか、先生は満足げに視線を正面に戻した。
「では、各々好きな難易度を選んでくれ」
途端に、教室が静かに騒がしくなった。
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