第13話
「では、各々好きな難易度を選んでくれ」
途端に、教室が静かに騒がしくなった。
うるさくはない。
けれど、溜息をつく音、机に肘をつき悩む音、頭をかいたり、背もたれに体重を預ける音や、小声で、
「えぇ、どうしよう」
「ここは安パイで」
「どうせ負けても大して下がらないなら冒険してみるか」
「ハード、いや、ベリーハードいってみるか?」
と囁く声が聞こえる。
そうして音と声が、一斉に教室を満たす。
俺も悩む。
目指すはパン耳生活からの脱出と豊かな学園生活。
なら、ハードやベリーハード、冒険してマニアックを選ぶべきだろう。けど、万が一にも負けたら、パン耳生活が一か月延長することになる。
いや、やっぱりここは、思い切ってベリーハードかマニアックを選ぶべきだろう。
「ん?」
すると、視界の右上、くまお君に動きが表れる。
春香のMRペットであるペンギンが、今や現物は絶滅した遺物、黒電話を、くまお君に突き出している。
くまお君は黒電話を受け取り、ペンギンの頭をなでてあげる。
『春香ちゃんからお電話くま、出るくま?』
すぐ隣に座っているのに出なかったら、あとで何を言われるかわからない。
なにか、秘密の話があるのだろうと推測して、俺は電話に出た。
『幹明。あんたマニアック選びなさいよ』
右隣の席に座る春香のくちびるは動いていない。
強く念じた思考をそのまま相手のデバイスに送る、思考通信だ。
『いいけどなんで?』
『マニアックを選べば、あたしか夏希と当たるかもしれないでしょ? そうしたらわざと負けてあげる。夏希にはあたしから言っておくわ』
けど、こうした不正を防ぐためのレート制だ。
『でも、最下位の俺に負けたら、春香のレート滅茶苦茶下がっちゃうぞ?』
隣の席に座る無言の春香が、強気の表情で姿勢を正した。
『次の月末試験で取り返すわよ。それに、月末試験が終わったらすぐにゴールデンウィークでしょ? マネーポイントゼロじゃ何もできないじゃない』
言われてみればそうだ。一生に三年間しかない高校生活。そして一生に一度しかないのが高校最初のゴールデンウィークだ。
黄金の連休を、家と学園に引きこもってパンの耳を咥えているだけなんて、死んでもいやだ。
隣の席で無言の春香が、頬を緩めて穏やかな笑みを浮かべた。
『その代わり、ゴールデンウィークは一緒に街で遊びましょ?』
『え? デート?』
『ば、ばっかじゃない!? 夏希と美奈穂も一緒に決まっているでしょ! 友達がいがないわねぇ!』
隣で春香が無言のままに顔を耳まで赤くして視線を泳がせて、息を乱しながら、下唇を噛んでいる。
思考通信なのに、表情がにぎやかだなぁ。
春香は美人で反応が可愛くて美奈穂以上のワガママボディなのにどうしてモテないんだろう。
中学の時に影で行われた女子の人気投票で俺の一票しか入らなかった理由は……性格しかないな。
一人で納得してから、俺は返事をする。
『わかった。じゃあマニアックを選ぶよ。まぁ二人以外の誰かと当たっても、俺の実力なら貴佐美以外には勝算あるし』
『そうそう。クラスで二位のあたしより少し弱いぐらいの幹明なら、学年主席の貴佐美以外の奴には勝てるわよ』
と、いうわけで、俺はMRダイアログのマニアックに指で触れた。
マニアックでよろしいですか? という確認画面が現れたので、イエスを選ぶ。
周りの生徒たちも次々選び終わり、両手を下げて龍子先生のほうに視線を投げる。
龍子先生は、手元の画面を確認してから頷いた。
「よし、全員難易度を選んだな。……マッチングが完了した。厳正なる審査の元、コンピュータが選び抜いた、対戦相手を表示するぞ」
言うや否や、俺の目の前にそれは表示された。
【貴佐美美咲】
ぱーでゅん?
俺は、三度まばたきをしてから、春香に向かって叫んだ。
「ハメたな春香!?」
「え!? 何よ急に!?」
「そうだよ幹明。昨日君にハメたのはボクじゃないか!」
「誤解を招くようなことを言うな! あれは未遂だろ! 俺は春香にハメられたんだ!」
「誤解を招くようなことを言っているのはあんたでしょうがばかぁ! 美奈穂もなんとか言ってよ!」
「え、えーっとこういう時は。幹明、ちゃんとゴム、つけてもらうんだよ」
「誤解を深めないでよ!」
「うおーん、春香を信じた俺が馬鹿だったぁ! 春香の甘言に惑わされて俺の大事な」
大事なゴールデンウィークが……。
「一生の思い出がぁ!」
教室がざわついた。
「お、おいやっぱり、秋宮の奴」
「え? でも狩花さんて女子じゃ」
「ばっか、あのバーバリアンが女子なわけないだろ!」
「きっとついているんだよ。俺らよりも立派なジョイスティックが!」
「秋宮、狩花、橘内、貴様らは後で生徒指導室に来い!」
「イヤァッ、なんであたしがこんな目にぃ!」
「先生、ボクと幹明は不純異性交遊ではありません。純粋異性交遊です!」
「事実を捏造するなぁ!」
最後に俺がそう叫んだとき、視界の端には、愉しそうにほほ笑む貴佐美が映っていた。
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