第11話
そこはさっきと同じ一年二組の教室。
けれど、決定的に違う点がある。
まず、俺の右手には二メートル余りのハルバードが握られている。
確かな重みが、手のひらに圧し掛かる。
それから、立ったまま、眠るようにして目をつむる夏希の横に、サブマシンガンを二丁スタイルで構える夏希の姿があった。
制服も、MR学園のソレではなく、草色でどこか軍服を意識したデザインだ。一瞬、夏希って双子だっけ? という思いに駆られる。
とは思いつつ、俺の隣にも、俺がいる。
毎朝洗面台の鏡で見ているのと変わらない俺が、そこに立っている。
正直、美形の夏希に比べれば見劣りする外見で、客観的に見せつけられると少し落ち込む。
でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。ていうか夏希は女子だし。
今この戦いには、俺の青春の全てがかかっていると言っても過言じゃない。
夏希が美奈穂と組んだら、俺の相手は必然、春香になってしまう。
ぽよんぽよん天国かバーバリアンとの地獄特訓か、ここが運命の分かれ道だ!
俺らは目の前のMRダイアログを操作して、すぐにデュエルを承諾。
試合開始のカウントダウンがゼロになるやいなや、俺は夏希に得物を投げた。
「「くたばれぇ!」」
夏希のサブマシンが火を噴いた。
大きなハルバードは、弾幕を貫き乱しながら、夏希のお腹を直撃した。血飛沫の代わりに、赤い光芒が飛び散る。
一方で、ハルバードとすれ違った弾丸が、容赦なく俺の胸板に殺到した。
痛みはないけれど、粒状のものが体にめり込む感触と、強い衝撃が胸に奔った。
見れば、胸板には弾痕のようにして、赤い光点がいくつも残っている。こうした部位はレッドポイントと呼ばれ、しばらくの間、スピードと防御力が下がる。
そして、視界の左上に浮かぶ青いバーが、ぐっと縮んだ。
比例するように、意識レベルがわずかに下がる。言い換えると、少し眠くなる。
HP(ヒットポイント)バーと呼ばれる青いバーが消失して、【意識を失うと負け】だ。それだけは、たとえカロリーに代えても許せない。
俺は跳ね起きるとすぐに、ハルバードの柄を握り、穂先を呼び戻した。
俺が投げた、いや、射出したのは、ハルバードの穂先だけ。握りの部分は、俺の手の中にある。
俺が穂先を意識した途端、磁石に引かれるようにして、夏希の腹に刺さった穂先が戻ってくる。
小気味良い金属音を鳴らし、穂先と柄がドッキングすると、素早く構え直す。
これが【異能武器学園】を選んだ俺の異能武器、電磁ハルバード、マグナトロだ。
対する夏希も、【ミリタリー学園】のアバター特有の武器、サブマシンガンを構えながら、飛び起きる。
その目には、何者にも屈しないという、熱き意思が宿っていた。
「ぽよんぽよん天国は、ボクのものだぁああああああああ!」
サブマシンガンと共に咆哮を上げる夏希、俺も獣のように吠えながら、踏み込んだ。
「谷間ローアングルは俺のものだぁあああああああ!」
体を大きく捻って弾丸を避けながら、ハルバードを固く握りしめ、夏希にスイング。
夏希の胴体はハルバードの戦斧部分にぶっ飛ばされた。
人一人分の抵抗感が、俺の両手にずっしりと響く。
夏希は教室の机を巻き込みながら床を転がり、ようやく止まる。
が、夏希も負けていない。
奴はぶっ飛ぶ直前、床に手榴弾を転がしていたらしい。
足元で炸裂した爆炎に呑まれ、視界が回った。熱々のお風呂に飛び込んだような感覚に撫でられながら床を転がる。
熱い、けれど立ち止まっている暇なんて俺にはない。
そうだ、俺はここで負けるわけにはいかないんだ。
顔を上げると、体勢を立て直した夏希が、左のサブマシンガンの引き金を引いていた。
弾丸の群れが、みるみる迫ってくる。
けど、この距離なら間に合う。
【スクランブル】における弾速は、そこまで速くない。
究極のリアリティを追求し作り込まれたとはいえ、ゲームバランスは大切だ。
もし、本当に弾丸が音速を超えていたら、銃火器を使用できる【ミリタリー学園】と【パワードスーツ学園】のアバターが有利過ぎる。
俺は、弾道を目で捉えながら、サイドダッシュで避けた。
すると、夏希は残る右手のサブマシンガンで、素早く俺のダッシュ先へ弾幕を作る。
それを読んでいた俺は、電磁ハルバード、マグナトロの能力を発動させた。
天井の中の鉄筋に磁力を作用させると、俺の体は一瞬で夏希の頭上へと吸い寄せられる。
磁力消失。
そのまま、俺は重力に身を任せながら、夏希にハルバードの穂先を叩きこもうとする。
「そ、そんなバカな!」
「悪いな夏希。いつでも自分のおっぱいを見られるお前と俺とじゃ、背負っているモノが違うんだ!」
「そんな、ボクだって、背負うモノは同じなのにぃ!」
悔しそうに顔を歪めながら、夏希は揺れることなく上品に姿勢を崩さない不動バスト、【胸板】を張って叫んだ。
そして、ついに俺のハルバードが夏希に触れる――。
「上手いわよ美奈穂。じゃ、もう一回」
「うん、なんかパリングのコツ、つかめたかも」
ハルバードは空振り、俺は顔面から床に突っ込んだ。衝撃の後に青いバーが縮む。半分を切った証拠に、色が青から黄色に変わる。
「「ちょっと、二人で仲良く何やってるのさ!?」」
俺と夏希の悲鳴が重なった。
振り返れば、春香と美奈穂のアバターが仲良く、パリングの練習をしていた。
春香が水の剣で美奈穂に斬りかかり、それを美奈穂が高周波ブレードで弾く。
「何って、あんたらがバカやっているから美奈穂にパリングを教えてあげているんじゃない」
「春香、教えるのすっごく上手いんだよ」
唇を尖らせる春香の隣で、美奈穂はにっこりと残酷にほほ笑む。
ぽよんぽよん天国を失った喪失感で体が動かない、頭が現実を受け入れられない。
夏希も俺の隣で、膝を震わせている。
「えへへ、ありがとう春香。大好き」
「ちょ、ちょっとやめなさいよ」
美奈穂は春香に抱き着き、やわらかそうなおっぱいを押しつぶしながら、頬にキスをする。
本来あるべき未来が、脳内でリフレインする。
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