第8話 俺もパンツが好きだ!

「そうだそうだ。俺にはお前なんかにはない魅力があるんだ!」


 春香は、自信たっぷりに胸を張り、語気を強めた。


「あれは二か月前のバレンタインのことだったわ。その時、幹明は!」

「そうだ! 俺は! ……俺何かしたっけ?」

「はぁっ!? あんた覚えてないの!?」


 春香の顔が、怒りで真っ赤に燃えた。


「うん、ぜんぜん」

「あんたねぇ、あたしにあんなことしておいて覚えてないってどういうことよ!」


 俺の胸ぐらをつかんで顔を寄せてくるも、さっぱりわからない。


「なんだよ、俺なんかしたのかよ? 早く教えてくれよ。何かすごくかっこいいことをしたんだろ? ほらほら、早くぅ」

「んぅッ……」


 途端に、春香は怒りで真っ赤に燃えたままの顔を逸らすと、自分の席に座った。


「ん? おい? どうしたんだよ?」


 春香は机に突っ伏したまま動かなくなり一言。

「知らない」

「えぇええええええええええええええええ!?」


 無慈悲な言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 俺の背後で、佐川の野郎が高笑う。


「はははは、なんだよ、やっぱりなにもないんじゃないか。ま、パンツに見とれて末席入学するようなパンツ星人なんてそんなもんだろうけどな。せいぜい三年間、パンの耳でも食べているんだな!」


 佐川を援護するように、二人の手下も一緒に笑い出す。

 尻馬に乗るようにして、クラスのみんなも馬鹿笑いを始めた。


 それが悔しくて、何も言い返せない自分が情けなくて、寮のベッドに飛び込みうずくまりたい衝動に駆られた。


 くそ……くそ! くそ! くぉ!

 これも全部穂奈美のせいだ。


 あいつが俺にパンツを見せなければ、あいつさえ余計なことをしなければ俺は今頃、文句のつけどころがない学園生活を謳歌していたのに……。


 膝から力が抜けて、自分の席に尻もちをつきそうになる。

 そして、天使もかくやという純な声が降りかかってきたのは、その時だった。



「じゃあ佐川君は女の子のパンツ見たくないの?」


 教室が静寂に満たされた。


 聞き覚えのある声に顔を上げれば、そこには穂奈美が立っていた。

 俺を末席入学者の地位に突き落とした、諸悪の根源だ。

 けれど、彼女が浮かべる笑顔は、天使のようにピュアだった。


「な、なんだよお前」


 動揺する佐川に、穂奈美は笑顔で尋ねる。


「だからね、君は、女の子のパンツ、見たくないの?」

「み、見たくねぇよ……」


 苦しい言い訳をするようにして、佐川は声を絞り出した。すると、今度は穂奈美が動揺した。


「え!? じゃあ佐川君は男の子のパンツが好きなの!?」

「どうしてそうなるんだよ!?」

「大丈夫だよ佐川君。趣味は人それぞれなんだから」


 一秒前の動揺はどこへやら、穂奈美はチアリーダーのように爽やかな笑顔で、ぎゅっと握り拳を作り、天井に突き上げた。


「男子のみんな! 佐川君からの熱い視線に気が付いても、受け入れてあげてね」


 穂奈美が無垢な笑顔を振りまくと、クラスの男子たちが一歩引いた。


「そっちの趣味はねぇよ! 見るなら女子のパンツがいいに決まっているだろ!」


 柳眉を逆立て怒鳴る佐川の肩に、可憐な手のひらが置かれた。


「なら、君もわたしと同じ、立派なパンツラバーズだね」


 ぐっと親指を立てながら、はじけるようなウィンクを一つ。


「それは……ちが……俺は……」


 佐川は狼狽し、美形を歪め、女子たちの視線を気にしながら必死に言い訳を探した。

 だが、それよりも早く、一人の男子が動いた。


「ごめん秋宮。俺も、俺もパンツが好きだ!」


 え!?

 と驚いたのも束の間、一人、また一人と男子たちが前に進み出てくる。


「お、おれも、おれも女子のパンツが好きだ! 俺もパンツ星人だ!」


「俺もだ。本当は穂奈美さんのパンツを見たのが羨ましくて、意地悪をしたかったんだ!」


「そうだ! 金髪碧眼の巨乳美少女のパンツを見られたのが妬ましいだけなんだ!」

「俺だってそうだ。弱い俺を許してくれ秋宮!」

「男子なら美少女のパンツに頭が真っ白になっても仕方ないじゃないかぁ!」

「だって! 男は女子のパンツが大好きなんだからぁ!」


 告白の連鎖は止まらず、ついにクラス中の男子がパンツ好きを表明し、騒ぎを聞きつけた隣の一組と三組からも次々男子たちが駆け込んでくる。


 いつしか男子たちは腕を組み合い、心を一つにして唱和する。


『男子は女子のパンツを見たくて当然! パンツは夢! パンツは希望! パンツは未来!』


 二組の男子たちが叫ぶ。

『パンツ嫌いは男子に非ず!』


 一組の男子たちが繋げる。

『男子の頭の中はパンツでいっぱい!』


 三組の男子たちが引き継ぐ。

『それが我ら男子の本能! 男子の生きる道!』


 そして最後に夏希が締める。

「そう、だからボクらはパンツを求めるんだ!」

「お前は求めるな!」


 反射的に、夏希の頬をつまんだ。

 穂奈美の顔に、満開の笑顔を咲いた。


「だよねみんな。じゃあ一緒に叫ぼう! みんな、パンツは好きかぁ!」

『大好きだぁああああああ!』


 そこから始まるパンツコール。

 五〇人近い男子たちがパンツと連呼し、パンツと叫ぶ。

 そんな世界の中心で、青ざめ震える佐川に、再び穂奈美が尋ねた。


「佐川君! 君はパンツが好きかな!」

「ッッッ!?」


 まるで矢に撃たれたように、佐川は目を剥き、それから血を吐くようにして崩れ落ちた。


「ごめん秋宮、俺も、俺もパンツが好きだ! パンツが好きだぁああ!」

佐川は、男子たちの輪に入り、腕を組み、一緒に叫んだ。


 クラス中の男子が、隣のクラスの男子が、そして夏希(お前は女子だろ)が一心同体になった瞬間だった。


 これはどういう状況なんだろう?

 俺は何を見せられているんだろう?

 間違っているのは俺なのか?

 狂っているのは俺なのか?

 正義は穂奈美たちにあるのか?


 よくよく観察してみれば、皆が一致団結する姿は美しく、俺も、その一部になりたくなってくる。

 そして、気が付けば、俺は大きく口を開け、あらん限りの声量を上げていた。



「俺も、女子のパンツが大好きだぁあああああああああああああああああ!」



「授業を始めるぞぉ」


 担任の鬼瓦龍子先生が、木刀片手に顔を出す。


 男子たちはゴキブリのように逃げ出し、席へ戻った。

 その場には、パンツ宣言をする俺の姿だけがあった。


 穂奈美もちゃっかり、自分の席で授業の準備を完了させている。

 俺と龍子先生の視線が合った。


 真っ赤なルージュを引いた唇が、耳まで裂けるようにして吊り上がり、鋭い瞳には殺意の波動が溢れている。

 あ、俺オワタ。


「貴様は神聖なる学び舎で……」


 龍子先生が目を閉じ、ダイブアバターと叫べば、大剣を手にしたもう一人の彼女が襲い掛かってくる。


「何を叫んでいるかぁああああああああああああ!」

「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 鬼や龍もかくやという大迫力の顔面が牙を剥き、灼熱のライトエフェクトをまとった黒鉄の刃が顔面に迫ってくる。


 MRでも伝わる、新鮮な純粋殺意に足がすくみ、剣身が脳天を通り抜けた時、俺はそれがMRであることも忘れ、意識を失った。

 だって、怖かったんだもん……。

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