第7話 お前はどっちを援護しているんだよ!
昼休みも終わりが近くなった頃。
一年二組の教室に戻った俺は、夏希と春香に誘いをかける。
「さて、じゃあ今日の放課後、さっそく三人で練習しようか。今月の試験内容は、一対一のデュエルだったね」
ちなみに、春香の席は俺の右隣で、夏希の席は俺の後ろだ。
すると、春香の眉間に、ムムッとしわがよる。
「ちょっと幹明、ずいぶんと立ち直るのが早いんじゃないの? あたしの……見たくせに」
穂奈美の時と態度が違うじゃない、とでも言いたげな、やや拗ねた声だった。
「いや、正直暗くてほとんど見えてなかったし。立ち直りが早いのはその証拠だって」
え? と春香の顔がきょとんとまばたきをする。
「あ、そ、そうなん、だ……」
食堂でマシンガンを乱射したことでも思い出しているのか、春香はちょっと気まずそうに視線を逸らした。
一方で、夏希は俯き気味に、独り言をつぶやく。
「そっか、じゃあ、朝もボクのパンツ、本当に見えていなかったんだ……」
そうして、どう反応すればいいか悩むような、困った顔を作った。
時々、こいつの立ち位置がわからなくなる。複雑だなぁ。
その時、嫌味な響きを含んだ、男子の声がかかった。
「おい秋宮。お前、パンツに見とれて末席入学したんだってな?」
人を見下した、嫌味な笑いを浮かべているのは、クラスメイトの佐川だ。
整った顔立ちで背は高め。おまけに成績優秀で、ゲームの腕もかなり上手い。
クラスカーストがあれば、確実に一軍入りだろうという、にっくきスペックだ。背後には、手下AとBが控えている。
それはともかくとして、俺は慌てて誤魔化す。
「な、なんの話だよ」
何故だ、そのことは一部の奴しか知らないはずなのに……。
言い訳と、情報源の推理に頭が追い付かず、狼狽する俺に、佐川は憎たらしい笑みで、MRウィンドウを表示した。
「今朝、回ってきたぞ」
佐川が空中に表示したのは、どうやらSNSで【拡散希望】されている画像らしい。
問題なのは、その内容だ。
なんと、そこにはスカートをめくる金髪女子の前で、目を剥いて硬直している、俺の姿が克明に記録されている。
穂奈美の斜め後ろから撮影されているそれは、角度的に穂奈美の顔も、パンツも映ってはいない。
ただし、だからこそ、俺の顔はばっちり写っている。
しかも、背景部分には目立つ赤字で、【パンツ大好きパンツ星人】【パンツにみとれてMR学園末席入学】と書き立てられている。
「な、なんじゃこりゃあ!」
ずがががーん。
と、俺の頭に衝撃が走った。
同時に思い出す。
食堂で、みんなが俺に冷たかったのはこれが原因か。
見れば、男子たちは、俺のことを「パンツ星人だって」と笑い合っている。
女子たちは変質者を見るような目で、「やだぁ」と言いながら顔をしかめている。
佐川が、とびきりキザったらしい顔を作り、周囲に目配せをする。
「女子は気を付けたほうがいいぞ。こいつの頭の中、パンツでいっぱいだからな」
佐川の忠告を受けて、本当に女子たちが俺から一歩下がる。
最悪だ。
生活費ゼロの上にあだ名がパンツ星人。
一生に三年間しかない高校生活を、俺は極貧パンツ星人として過ごすのか。
親友たちと駆け抜ける予定の、爽やかな青春が、
素敵な恋人と愛し合いたかった、甘酸っぱいスクールライフが、
そして、人間として一回り大きくなるはずの、希望に満ちた思春期が、
その他多くの色々が永久に失われてしまうのだという、絶望的な予感に全身をなめられて、俺は背筋が凍り付いた。
いやだぁ! そんな高校生活はいやだぁ!
誰かなんとかしてくれ、俺がそんな風にこいねがった時、彼女たちは動いた。
「佐川、それは酷いんじゃないかい?」
王子様のようなイケボで反論しながら、夏希が立ち上がった。
流石は親友。俺のピンチに誰よりも早く動いてくれた。
感動で胸がいっぱいだった。
そして、夏希は勢いよく佐川を指さして、声を大にした。
「幹明の頭の中はパンツでいっぱいなんかじゃない!」
そうだ、言ってやれ!
「幹明は巨乳だって大好きなんだ!」
「お前はどっちを援護しているんだよ!」
脊髄反射でツッコんでいた。
「え? いや、だからボクは幹明が下着にしか興味がない変態であるというレッテルを払拭すべく、ちゃんと中身のほうにも興味があるんだよってみんなに証明しようと」
「パンツ星人からおっぱい星人にジョブチェンジしただけだよ!」
「そうよ夏希! それじゃあ幹明がかわいそうよ!」
「ありがとう春香。やっぱりお前は最高の女だよ結婚してください!」
俺が泣きつくと、春香は頬を染めながら俺の顔を手で押しのけてくる。
「バカ言ってんじゃないわよ! とにかくねぇ!」
春香の手の平、意外とぷにぷにしていてやわらかいなぁ。あと、妙に熱い。
「確かに、幹明はスケベだけど、いいところだっていっぱいあるんだから」
春香は表情を改めて、佐川に向かって言ってやる。
そうだそうだ。いいぞ春香。
そんな彼女に、俺は心の中で熱いエールを送った。
「そりゃ、幹明は女の子のお尻もおっぱいも好きだしブラもパンツも好きだし、さっきだって食堂であたしのスカートの中が見えそうになっただけでしばらく放心状態になったけど」
それ言わなくて良くない?
「それでも……優しいんだから!」
「つまり、スケベ野郎ってことは否定しないんだな?」
「えぇッッ!?」
春香は凍り付き、ぎりぎりと、油の切れたブリキ人形のような動きで、俺を見つめてくる。
「おいおいどうしたんだよ春香。早く俺がスケベ野郎じゃないって、佐川に証明してくれよ」
額から流れる汗、限度いっぱいまで上がったまぶた、揺れる瞳、震える顎、硬く引き結んだ唇。まるで、悪魔の証明を突き付けられているような、鬼気迫る表情だった。そして、
「ぐぅっ!」
崩れ落ちそうになって、机に手をついた。
「あぁ、無理難題をふっかけるから春香ちゃんがオーバーヒートしちゃった」
春香の体を支えながら、夏希は心配そうに眉を八の字に垂らした。
「お前らは俺に謝れ! 今すぐに!」
「まだよ!」
勇ましい声と共に凛々しい顔を上げ、春香は威風堂々、その場に仁王立ちした。
「確かに幹明はえっちかもしれない。でも、幹明にはそこらの男が持っていない魅力があるんだから!」
おぉ、なんだかわからないけど凄く頼もしい。今日の春香は一味違うぞ!
胸の中で、彼女への好意が溢れて止まらない。
「そうだそうだ。俺にはお前なんかにはない魅力があるんだ!」
春香は、自信たっぷりに胸を張り、語気を強めた。
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