第14話


「おやぁ、そこにいるのは、神に背きし魔族と、闇堕ちした裏切り者じゃないか」


 俺の決闘相手、龍崎辰馬だった。

 周りの目がないと、本性が剥き出しだった。


 その隣には、腰に白くて豪奢な剣を挿した中年男性が立っている。


 その顔には見覚えがある。確か前、テレビで、魔族の危険性について訴えていた、魔族廃絶主義者だ。


「誰だい、キミ?」


「ふっ、私は勇者一門、龍崎家当主、龍崎龍臣(りゅうさきたつおみ)准将だ。今日は息子、辰馬が眷属とはいえ、魔族を討ち、勇者への第一歩を踏み出す日だ。激励のため息子共々休暇を貰ったところだ」


 妙に勝ち誇った顔の辰馬の隣で、龍臣は腕を組み、長身から桜月のことを見下ろした。


「ところで魔族の娘。貴様ら魔族は何を企んでいる? 正直に白状しろ」


 また、桜月の表情から笑顔が消えた。まるで暗殺者のように酷薄な、そして冷たい視線で、龍臣を射抜く。


「企む? コナタは人類共通の敵、レヴナント討伐のため、援軍として派遣されただけだ。エルフやドワーフ、オーガやホビットも援軍を送ってきているだろ? それとも、形だけの一人軍隊がお気に召さないのかな?」


 龍臣は舌打ちをすると、憎らし気に表情を歪めた。


「白々しい。貴様らの蛮行を、人類は未来永劫忘れんぞ。己の欲望の為、かの人類大虐殺で一億人以上の人々を殺した貴様ら魔族が、今更援軍? 信用できるものか!?」


 いかにも、魔族廃絶主義者らしい言葉だ。


 魔族廃絶主義は、勇者の家を中心にして活動する、魔族の根絶を是とする思想集団だ。


 神を崇め、ハイヒューマンを神の使徒と位置づけ、恒久的な平和を掲げてはいるものの、その実現方法は魔族の殲滅というかなり過激なものだ。


 とは言っても、魔界は五〇〇年間鎖国状態で、その姿を見る機会すらない。

 今では、ただの宗教系利権団体と化している。


「はんっ、お前の信用はいらないよ。連合軍はコナタを受け入れた。なんの権限もない一軍人の意見なんて、誰も聞いていないんだよ」


 桜月の侮蔑を含んだ態度に、龍崎親子は歯を食いしばった。


「テメェ、父上を愚弄するのか!?」

「まぁ待て辰馬。ふん、そう簡単に尻尾は見せないと言うわけか。卑劣な魔族らしい。だが、軍上層部や陛下は騙せても、勇者の目は誤魔化せんぞ! 貴様の姿を見たときから、我が聖剣が悪を討てとうずくのだ」


 龍臣が腰の剣柄を握ると、桜月の視線が落ちた。


「あぁ、それエクスカリバーか」


 龍臣は、得意げに小鼻を膨らませた。


「左様。これぞ初代様が神の台座より引き抜き、万の魔族を斬り伏せ、魔王を討ち、人類を救った正義の剣! 神に選ばれし聖者にのみ許された、レガリアだ!」


 レガリア。確か、伝説の武器の中でも最上位に位置する、選ばれた者にしか扱えないモノのことだったっけ。


 でも、現存する武器は少ないし、こんな性格の悪い奴が使えている時点で眉唾だ。


「軍上層部や陛下は、高度な政治的判断のもと、体面を気にしなければならないお方。ここは勇者として、私が獅子身中の虫を討ち、後顧の憂いを絶っても良いのだぞ?」


 龍臣の手が、聖剣の柄を握りしめた。


「それは命令違反じゃないのか? それに、今コナタを殺せば、朝俊と息子の決闘はどうする気だ?」


「ふんっ、命乞いのつもりか? 必死だな。私にはわかる。正式な命令を下せないだけで、陛下は私に貴様を討てと願っているのだ! だが安心しろ、息子の決闘が済むまで、命だけは助けてやる!」


 龍臣が聖剣を抜いて、頭上に構えるや否や、桜月の足先が、閃光のように奔った。

 目にも止まらない上段回し蹴りの一撃は、龍臣の横っ面を直撃した。

 俺は反射的に、目に魔力を流して、動体視力を上げた。


 硬い軍靴の先端が、頬骨を砕きながら首をへし折り、龍臣の身体が高速で下り階段へと消えていく。


 ガガガガガガガガガガガッ、と重機のような音の後に、硬質な物が割れる音が響いて、辰馬の顔が青ざめる。


 彼が見たであろう惨劇は、想像に難くない。

 手から零れ落ちた聖剣は、廊下の床に深々と突き刺さっている。凄い切れ味だ。


「つ、ついに本性を現したな悪しき魔族め! こうやってオレら勇者一門を暗殺することが真の狙いだったんだな!?」

「いや、今のは正当防衛だろ?」


 床に突き刺さった聖剣、エクスカリバーを一瞥しながら、俺は辰馬に指摘した。


「うるさい! 先に手を出したのはその女だ! 父上はスパイを未然に処理しようとしただけだから無実だ!」


 話が通じない。頭が痛い。

 こうした、一見すると現実味の無い、素人が考えた悪役みたいな人は、悲しいことに実在する。



 一言で言えば、広い意味で【ストーカーの理論】だ。


 『彼女も俺のことが好きなんだ』『俺には分かる』とのたまい、相手に拒絶されても『そう言うように脅されているんだね。大丈夫、俺が君を救ってみせるよ』というあれだ。


 あるいは、【歪んだ中世騎士理論】が適当だろう。


 自分の罠は知的戦略、敵の罠は卑劣な奸計。自分の正面突破は正々堂々、敵の正面突破は頭の悪い猪武者、というわけだ。


 まず、自分にとって都合のいい前提や結論を作り、それに沿う形でしか現実を見ない。


 差別は悪だと分かっていながら、魔力のない俺を無能とイジメるのはノーカンだと思っている同級生と、広い意味で同類だ。


 

「き、貴様よくも!」


 俺が聖剣に気を取られている間に、龍臣はもう階段を上ってきていた。

 しかも、何故か無傷で。


「人間国軍准将にこんなことをしてただで済むと思うなよ! このことは傷害事件として正式に訴えさせてもらうぞ!」


 桜月の顔が、愚者を笑うように口角を上げ、眉をひそめた。


「傷害? 何の話だ?」

「しらばっくれるな! このまま私が軍医の元へ行けば……なっ!?」


 自分の頬に触れて、龍臣は驚愕した。

 砕けた頬骨は完治して、血も一滴も出ていない。


「馬鹿な!? 何故だ!? ぐっ、だが暴行があったのは事実だ!」

「なら報告すればいいさ。勇者家当主が十七歳の女の子に暴行されましたってね」

「ぬぐっ~~ッッ!」


 高すぎるプライドを逆手に取られて龍臣、さらには息子の辰馬も、真っ赤な顔に青筋を浮かべながら、ギリギリと歯ぎしりをした。見ているこっちが、歯を折らないかと心配になるレベルだ。


 一方で、桜月は得意満面で追い詰めるように問いかけた。


「コナタはそれでもいいけどね。今代の勇者家当主を一撃KO。なかなか箔がつきそうじゃないか?」

「ぐぐぐ、行くぞ辰馬! こんな奴らに関わる時間がもったいない!」

「はい、父上!」


 吐き捨てるように言って、龍臣は踵を返す前に、床に突き刺さった聖剣、エクスカリバーを見下ろして、ためらうように動きが止まった。

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