第15話



 吐き捨てるように言って、龍臣は踵を返す前に、床に突き刺さった聖剣、エクスカリバーを見下ろして、ためらうように動きが止まった。


「まさか、床の傷を俺らになすりつける気ですか?」


 俺は床から聖剣を引き抜くと、刃を返して、柄を龍臣に突き出した。


「床の傷が何でついたかなんて、調べればすぐにわかりますよ」


 一応、相手は准将、将軍職なので、軍曹予定の俺は敬語で対応した。


 すると、龍臣は俺から聖剣を奪い取り、カッコをつけるようにくるりと一回転させてから、鞘に納めた。


「魔族の威を借る眷属が。この聖剣でいずれ、主人共々誅戮してやろう!」


 最後まで憎まれ口を叩きながら、龍臣は辰馬を連れて、階段を下りて行った。

 俺は、無意識的に重たいため息をついた。


「なんか、強烈な親子だったな……」

「あれは勇者に憧れているんだよ。憧れすぎて、妄執に憑りつかれている。歴史上、似たような奴は何人もいた」


 まだ剣呑な雰囲気を残しながら、桜月は冷淡に語った。


「名実ともに勇者になるには、倒すべき魔王が必要だ。だから、コナタを殺したくてうずうずしている。勇者になりたいなら、ノーライフキングに単身挑めばいいのにそれはしない……本当に、臆病でずる賢い勇者だよ……嫌になるね……」


 彼女にそんな顔をして欲しくなくて、俺は、ちょっと話題を逸らした。


「ところで、さっきの蹴り、かなりキマっていたと思うんだけど?」


 俺が声をかけた途端、桜月はパチンとまばたきをして、表情を明るく緩めた。


「ん? あーあれ? あれは足で回復魔法を使いながら蹴ったんだよ。相手はケガをした直後から回復するから、痛いだけで無傷の平和のキックさ。名付けて、ヒールキック」

「なんかすごく痛そうな名前だな……」


 ――ハイヒールのカカトで蹴っていそう……。


「て、そうだよ桜月。スカートでハイキックなんてしたら駄目だろ!?」

「あはは、大丈夫だよ。ほら、中にスパッツ履いているから」


 くるりと振り返って俺にお尻を向けながら、桜月はぺろりと白ランのスカートをたくし上げた。


 黒い生地は肌にぴたっと張り付いて、大きく丸いヒップラインが丸見えだった。


 豊乳並に豊満で、弾みのよさそうな双球の魅力に、俺の意識は釘づけられてしまう。


「ていうか昨日、みんなの前で空を飛んだのに今さらじゃない?」

「え!? あ、ああうんそれはそうだけど、さ」


 俺が慌てて視線を伏せながら逸らすと、桜月は、彼女らしく噴き出し笑った。


「ぷはっ、スパッツに興奮するとか、キミってストライクゾーン広すぎじゃないかい?」

「いや、桜月のだからだよ! あ、いやっ」


 男の名誉を守るために嘘をついたコンマ一秒後に、墓穴を掘ったことに気がついた。


 恥ずかしさのあまり俺がうつむくと、けれど桜月は、意外にも愛らしく、花がほころぶような笑みを浮かべた。


「へぇ、ふふ、そういうことを言われると、だいぶ嬉しいなぁ。そんなこと、始めて言われたよ。劣情なら何度も受けているけどね」


 言って、桜月は自分のおっぱいに視線を落としながら、下からつかんで持ち上げた。


 その光景に、またも視線を誘導されるけど、とある不安も手伝い、今回は三秒で切り上げ、視線を外すことに成功した。


 そんな俺の不安を察してくれたのか、桜月は俺を安心させるように口角を上げてくれた。


「だいじょうぶ。不埒な連中は全部さっきのヒールキックで穏便に駆逐しているから。あ、気になっちゃった? 不安になっちゃった?」


「それは、その」

「心配しなくても、コナタは処女だよ」

「しょッッ~~~~!?」


 噴き出して、俺が前かがみになると、桜月は小悪魔十人分のいやらしい笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んでくる。


「あれれ? どうしたの? どうしちゃったの? 桜月おねえさんに言ってごらん?」


「~~~~ッ、察してください」


 桜月は、心底幸せそうに歯を見せて笑った。


   ◆


 午前十時。

 朝食を済ませた俺は、ホテルの屋上で、桜月に水魔法のてほどきを受けていた。


「うん、いいよいいよ。切り替えがスムーズだね」


 アクアブレイドを維持しながら、少量の加熱水と過冷却水を交互に空へ撃つ俺に、桜月は満足げだった。


「キミはコナタと魔法神経を共有することで、天才美少女レベルの魔法を使うことができる」


 ――美少女って言う必要あるのかな?


「でも、キミには圧倒的に足りないものがある。そう、経験値だ」


 人差し指をぴんと立てて、桜月は得意げに口角を上げた。


「素人に銃を持たせても引き金を引くことしかできない。本当の意味で強くなるということは、戦略的に武器を扱えるということだ。複数の水魔法を迷うことなく、瞬時に使えるようになるんだ。というわけで、そろそろコナタと実戦練習でもしようか」


「え?」

「怖がらなくても、優しくしてあげるよ」

「いや、怖いわけじゃ……」


 怖いというか、彼女と戦うことに抵抗があった。


 俺ごときが彼女を傷つけられるわけもないけど、好きな女の子に攻撃を向けることに、抵抗がある。


 なんて、俺が悩んでいると、桜月はチュッとくちびるを尖らせた。


「まったく、キミは底なしにかわいいなぁ」

「なんなの? 桜月は読心術でも使えるの? あっ!? まさかこれも眷属になったせい!?」

「いや、キミは一度鏡を見なよ」


 漂白された、無機質な声でツッコまれた。

 どうやら、俺はとんでもなく、顔に出るタイプらしい。

 顔の熱を自覚する。


「おっ、おかしいな、俺はむしろ無表情系なんだけど……」

「むっつり君なんだろ?」


 誘うような上目遣いを作ると、桜月は両腕を組んで胸を持ち上げた。

 その光景が、俺の理性のタガをわしづかんで揺さぶってくる。

 屋上のドアが開いたのは、俺が生唾を飲み込んだ時だった。

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