第13話

 まぶたを開けると、目の覚めるような美少女が笑っていた。


「おはよう。贅沢を言えばもうちょっと寝顔を見ていたかったかな」

「さつッ、桜月!? え!? えぁっ!?」


 月色に濡れた瞳に桜色のロングヘアー、それが彼女の美貌から垂れ幕のように降りて、俺の顔に触れていた。


 どんなシャンプーや香水でも再現できないであろう彼女の香りと、髪の甘い感触に息を呑んだ。


 それから現状を把握しようとして、視線を落とすと、彼女が俺の下半身にまたがっていることに気が付いた。


 ちなみに、互いに短パンとタンクトップ姿だ。桜月の深い谷間が、俺を誘惑する。


 でも、Y染色体由来の欲求を刺激されて、理性のタガが緩んだ直後、桜月は悪魔の呪文を唱えた。


「キミの寝顔を視界スクショしてみたんだけど、人間界のデバイスもなかなかの性能だね」

「視界スクショって、え!?」


 桜月は、AR映像をデバイス装着者全員に見えるMRモードに切り替えた。

 俺と彼女の間の空間に、俺の無防備な寝顔がポスターサイズで表示された。


「おまっ、何しているんだよ!?」


 画像を奪い取るように、俺は慌てて両手を前に突き出した。

 寝起きということもあり、それがデバイスの見せているだけのMR映像だということは忘れていた。


 俺の両手はMR映像をすり抜けて、タンクトップ越しに、桜月の豊乳をわしづかんだ。手の平中央を刺激するツンとした感触から、ノーブラであることがわかる。


「ぁんッ!」


 悩まし気な表情で、甘い嬌声を漏らす桜月。その顔は、頬を紅潮させながらも、どこか幸せそうだった。


「うわゴメッ…………!?」


 思考が停止して、俺は目を丸く凍らせた。


 すぐに手を離そうとした直後、無類の多幸感に、意識を根こそぎ奪われてしまったのだ。


 ――この、感触は……。


 両手にずっしりと圧し掛かる重量感。

 こちらが揉んでいるのに五指が余さず食い込み逆に飲み込まれるやわらかさ。


 なのに内側から押し返してくる低反発力。


 ノーブラだからこそわかる、丸く均整の取れた曲線美。


 大きくて美しい、豊麗なおっぱいは、揉めば揉むほど気持ちが充実していき、得も言われぬ快楽の底へ沈んでいくようだった。


 夢心地とは、まさにこのことだろう。


 ――桜月以外のおっぱいに触ったことはないけど、それでもわかる。桜月のおっぱいが、特別に気持ちよいものだって。


 もしも、この世のおっぱいが全て桜月並のクオリティだったら、世界は女性に支配されているはずなのだから。


「はい、ここまでっ」

「あ……」


 桜月の手が俺の手首をつかんで、現実に引き戻された。


「確かにキミは昨日頑張ったけど、ご褒美タイムは終了だよ。まったく、本当に巨乳大好きなんだから」


 赤くはにかんだ顔でくちびるをとがらせて、桜月はジトリと睨んできた。


「えっち」


 不覚にも、欲望のままに彼女のおっぱいを揉みしだき、こねくりまわしてしまったことを自覚して、俺は罪悪感で死にたくなった。


「ゴッ、あの! あの! 俺! これはだから、むぐ――」


 桜月の右人差し指が、俺のくちびるに添えられた。

 くちびるで感じる、彼女の指の体温に、俺は呼吸が止まって何も言えなくなる。


「もう、欲しがりなんだから」


 桜月の顔から赤みがひいて、ふと表情をゆるめると、彼女は子供をあやすような、それでいて、男の子を手玉に取るような声音で囁いてきた。


「そんなに心配しなくても、今日の決闘に勝ったら、また触らせてあげるからね」


 彼女の左人差し指が、俺の額をちょんとつついた。


「~~~~~~~~ッッッ!?」


 琴線に触れるどころか、わしづかまれる思いだった。

 俺は身も心もトロけきって、ベッドではなく、お湯の中で眠っていたようにのぼせあがり、動けなくなってしまった。


   ◆


 刺激的な朝を迎えてから思い出したことだけど、俺は昨夜から、彼女とルームシェアをすることになっていた。


 とは言っても、思春期男子が期待するようなことは何もなかった。


 昨夜は、デバイスの連絡先を交換したり、俺の身の上話を喋らされたり、龍崎と決闘するまで、訓練をする約束をしただけで終わった。


 なのに、目を覚ましたら期待以上の不意打ちを喰らって、まだドキドキが収まらない。

 そして、あることが気になってしまう。



 高鳴る鼓動を抑えながら、軍服に着替えた俺は、桜月と一緒に部屋を出た。


 なんでも、ホテルの部屋を提供された幹部軍人は、ホテルのバイキングで朝食を食べることができるらしい。


 エレベーターは止まっているので、一階へ通じる下り階段を目指して、廊下を歩いていると、隣の桜月が肩を当ててきた。


「さっきは大活躍だったね。まさかキミにあんな本性が隠れているとは思わなかったよ」


 イジワルな笑みに、俺は申し訳なさ過ぎて、何も言い返せなかった。


「わっ、赤くなっちゃって可愛い。今更純情気取っても遅いぞえっち君。もうキミはコナタの中ではえっち君として登録されているんだから」

「ッッ」


 あれだけの暴挙に出た以上、何を言っても説得力はないし、むしろ、あれが自分の本性なのではないかと、猛省してしまう。


 だから、そこは否定せず、不安を解消するために口を開いた。


「あのさ……桜月」

「ん、なーに?」


 きょとんと、愛らしく首を傾げて、俺の顔を覗き込んでくる。

 桜月は仕草のひとつひとつが可愛いのに自然体で、あざとさがない。


 彼女の一挙手一投足が俺の心をくすぐり、一緒にいるだけで堪らない気持ちになる。


「桜月はさ……今までも、眷属って作ったことあるのか?」

「ん? …………はっは~ん」


 桜月の顔が、とてもワルいジト目を作った。

 それはもう、相手の弱味を両手に握りしめた、小悪魔の眼差しだ。


「キミ、コナタが他の男におっぱいをさわらせたか気にしているんだろぉう?」

「ウッッ……」

「あはは、キミわかりやすすぎだよぉ!」


 彼女が愉快に笑う一方で、俺は恥ずかしくて視線を伏せてしまう。


 ――なんだろう。この、手の平で転がされている感。


 なのに嫌じゃなくて、自分はマゾなのか、それともこれが恋、【アバタもエクボ】というやつなのかと、悶々としてしまう。


「でも、正直者は好きだよ」


 ――好きッ…………ッ。


 どういう形にしろ、【好き】という単語を使って貰えたことに、悦ぶ自分がいた。

 やっぱり俺、桜月のことが好きなんだなぁ。


 ただ可愛い女の子に魅了されているわけじゃない。


 彼女から好意を向けられることに幸せを感じることで、彼女への恋心を強く自覚できて、なんだか胸が温かくなった。


「心配しなくても、男の眷属を作るのはキミが初めてだよ」


 ――そうなんだ。よかった。


「コナタの初めての男になれて嬉しい?」

「えっ!?」


 嬉しいと即答したいのに、俺は恥ずかしくて、肺の空気を奪われたように何も言えなかった。口だけが、金魚みたいにぱくぱくと動いている。


 でも、桜月は笑みをにんまりと深めた。


「ふふふ、そんなに嬉しいんだ。コナタらは以心伝心だね」


 また、肩でトンと俺の肩を叩いてくる。

 肩越しに伝わる体温から、彼女のぬくもりを感じて、俺は期待してしまった。


 ――もしかして、桜月も俺のこと……でも……。


 俺にとって桜月は救いの女神だ。

 でも、桜月は美人で強くて少将様だ。


 きっと、魔界でも大勢の男性からモテていただろう。


 俺はあくまでも彼女の眷属で部下。

 俺は彼女に何もしてあげられていないし、彼女には、俺を好きになる理由はない。


 ――けど……嫌われてはいないよな?


 そうやって俺が懊悩していると、下り階段の前で嫌な顔と出くわした。

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